定刻通りペナンに正午前に到着。
最近どこへのフライトもSQ満席でして。
夫がcrazyだというほど、どこに行くにも満席。
コロナ禍のフライト空っぽっぷりがもはや幻。
今回も然りで、なんとかギリギリ2席だけ取れてスタッフ枠で乗ってきました。
1時間ほどのフライト中のスナックは…
OLD CHANGKEEのカリーパフでした![]()
ホテルにとりあえず荷物を預けて…
ホテルが人気で予約取れないところで、文化遺産登録されてるのかな。この件はまた別に…
義母の姉が入院している病院へ見舞いに。
HDUに入院中でほぼ意識も朦朧とされていたけれど、私の声掛けに反応してくれて、かつ私が誰の嫁かもきちんと覚えてくださっていたようで嬉しかったです。
コロナ始まった頃の旧正月にお会いしたきりで、2年半ぶり。この2年半でここまで弱まった義叔母を見るのはとても辛かった。でも会えて良かったです。
義叔母の旦那さんが、ペナンやSabahの土地開発に大きく従事したことからマレーシアでSirの称号( Dato)を受けており、夫の一族の中で最もパワフルで威厳のあるご夫婦で。
それでもその地位に胡座を描くことなく昔から困っている人にいつも手を差し伸べ、夫も幾度となく助けられたとよく話してくれます。
私がチビ達連れて帰省した時も、こちらはなんせこの1番偉いご夫婦なのでとにかく緊張していたのですが、子供達にもいつも優しくお菓子をくれたり、遊んでくれたり、私にもあれ食べろこれ食べろ、お腹空いてないか?喉乾いてないか、座っていなさい!と優しくしてくださっていた方で本当に大好きな義叔母なのです。
今日私がお見舞いに行った時に、義叔母の次男のお嫁さんが一人でそばにいて、私がついた時ずっと手を握って優しくさすっていました。
誰か周りにいるわけでもなく、ただ一人お嫁さんが意識の朦朧としているお姑さんの手を握り、優しくその手をさすって声をかけている姿をみて、これまで義叔母が人生で築いてきたものの大成を垣間見たように感じます。
お姑さんとしてもとても良い方だったんだろうなと。なんか泣けてきてしまいました。
夕方には義母のところにも。
私と次女が来ることは内緒にしていたのでサプライズで。義母に会うのもコロナ以来でして。
私と次女を見るや否や…
涙溜めて抱きついて来まして、夫の母が。
あーコロナで物理的に離されていた期間というのは、ご高齢の方達の心にもきっと大きな寂しさや傷も残したんだなと、義母の肩を抱きながら感じました。
子供達にとっての3年ほども、ものすごく大きいけれど…
ご高齢の方達の、いわば人生終盤の3年間というのはこれまたなんとも形容し難い長さと重さであります。
ペナンにいる2人の母たちに会えてよかった!
義母にはまた明日会いに行きます![]()
ストーリーにあげたこちらの感も
たくさん反響いただきありがとうございます
シンガポール人もだけど、
マレーシア人ってさらにこの辺りの寛容性というか
子供に対しての当たりが優しいと思う









