あれから、1年。


早いですね。



1年前の今日は、


オフィスに居て、


地震のことを知りたくても、


情報が錯綜していて


何がなんだか分からなくて


泣きそうだったのを


覚えています。


日本人全員、


オフィスの一角に集まって、


どうしよう、どうしょうと


話し合っていたのを思い出す。




実はあの時、


私は元彼と付き合っていて、


元彼、フライトでちょうど成田にいたんだよね。


成田も震度6ぐらい揺れて、


でも電話は通じないし、


彼が滞在しているホテルに電話しても


「宿泊のお客様は全員避難場所に集合してもらっています」


という回答だけで、


心が震える思いだった。。。



その後無事、彼とは連絡が取れて、


ただ彼のフライトは成田が24時間閉鎖になったから、


遅れたんだよね。




渋谷で勤務する妹は帰宅難民、


弟とママはちょうど自宅にいたみたいで、


安心したな。



そのときの同僚で、


仙台出身の方がいて、


単身で来られて、


妻と娘2人と連絡が取れないって言ってる人がいた。。。



その数日後、


連絡が取れて、


なんと、奥様と娘さん2人、スーパーの屋上に


取り残されていた人たちだったの。


津波で街全体が飲まれて、


なんとスーパーの屋上に


あの寒空の中、


3日間救助を待ち続けたという・・



それでも、この同僚は


自分たち家族は助かっただけでも


幸せだと言った。



今、ここに命があり、


愛しい人が元気で居ることがわかり、


一秒一秒を刻めることが


どんなに幸せか、


それを深く学びました。



海外にいるからこそ、


日本に家族を残しているからこそ、


やるせない思いでツライ思いをしている


日本人が私の周りに沢山いました。



「海外にいて安全でいいよねー」


という言葉が辛く感じたことも


あったし。


このまま一生海外に住むことになっても、


私は日本人で、


この日を絶対に忘れません。




この震災で亡くなられた方の


ご冥福を心よりお祈り申し上げます。


そして未だ避難所で過ごされている方たちが


一日でも早くこれまでの日常を


取り戻せますように・・・