アメリカ留学回想録② | applejam108のブログ

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神戸の大学に通ってたのでひとり暮らしをしていました。

実家には帰らず、神戸からまずは兄(東京の大学生でひとり暮らし)のところへ。

新神戸から新幹線に乗ったはいいけど、大雪のため米原でかなり停車していました。東京駅には1時間以上も遅れて到着⤵️

駅で待っててくれた兄と兄の住むアパートへ、こんなに路線があってはきっと1人じゃたどり着けなかったから、東京駅まで迎えに来てくれた兄に感謝した田舎者でした😊

2、3日のんびりして出発する予定だったので、この時、兄が作ってくれたスパゲティナポリタン🍝がめちゃくちゃ美味しくて感動したのを今でも覚えてます👍
(そもそも料理好きだったしね、元祖料理男子かも)

しかし、雪が降って寒く、新幹線にかんづめ状態になったせいか、次第に体調を崩し、何と高熱を出してしまいました😱😱😱

このままではヤバい!何とか熱を下げなければ💦

と、私も必死だったけど、兄もとにかく熱を下げなければと看病してくれました。その甲斐あって、なんとか微熱にまで下がり、あともうひと息というところまできました。

旅立ちの朝、恐る恐る熱を測ると37.5°⤵️

あー、まだ微熱がある。でも、せっかくの夢が目の前にあるのに直前で諦めて帰るなんて出来ない!

今まで準備してきた事が無駄になってしまう!

もう、行くしかない!

兄に、熱何度?

と聞かれ

「37度、もうほぼ平熱まで下がってきたわ。」と、嘘をついた。本当の事を言って止められるのも嫌だったし、無理矢理強行突破して後で兄に迷惑をかけるのも嫌だったから、嘘をついた。

でも、兄は言った

「大丈夫やと思うけど、この状態で行くか行かないか決めるのは自分やで。〇〇(私の)が決めたことを尊重する。」といってくれた。

「行くよ!もちろん!」
涙が出そうだったけど我慢した。

そして、兄の車(当時大流行りだったTOYOTAのトレノ←知ってます?)で成田まで送ってもらった。

「大分楽になってきたよ、大丈夫やから。」

「うん、熱があったことは母さん達には黙っとくから、何かあったら絶対に助けてって言うんやで。我慢するな。」

うっー

泣けるー

兄の優しさはもちろん

何より

だって自分が1番不安だったから。しかも、本当は微熱あるし…本当に泣きたい気持ちでいっぱいだった。

それでも、平気な顔をして

「おにいちゃん、もう大丈夫やよ。じゃあ、行ってきます!」

と、初めての海外へと足を踏み出したのでした🛫

ヤバい、まだ、日本にいる〜
このシリーズ完結するのでしょうか😆😆😆