日々に、感じながら考え、考えながら感じている。湧きあがってくる思いを、ことばにするのは、難しい。
時々、ふっと、ああ、こういうことを思ったんだと、ことばにできることがある。
今、わかったこと。
この世を旅立ったものたちへの思いを抱きしめて、自分が生きてゆきたいのは、共に生きたことが、この世の最高の贈りものだったからだと。
そして、春馬さんに出会ったり、唄で出会ったり、書物で出会ったりするものたち(人間だけでなく)は、その魂が今も生き続けていることを私に教えてくれて、響き合っているのだと。
昨日から、キヨシローの動画をいくつかネットで観ていた。
「おとなだろ 勇気を出せよ」とうたうキヨシロー。キヨシローのアルバム「冬の十字架」がポリドールレコードから発売禁止になった後のコンサートだ。
“不景気が長く続いた後には、政府は戦争をしかける”。君が代をうたって、何が悪い。
キヨシローの唄には、一つひとつのいのちに対する畏敬の念が込められているから、どんな立場にある人のこころにも、響いてゆくだろう。
終戦特集の「徹子の部屋」に出演したキヨシローも観た。
“戦争や原発のことをうたったアルバムを出した頃に、生みの母親の形見を、初めて見た。何か、遺伝子で伝わるものがあると思った”と語るキヨシロー。
キヨシローを生んだお母様は、キヨシローを生む前に、別の男性と結婚していた。23歳で徴兵されたその男性は、レイテ島で戦死した方だったと。
徹子さんが、お母様にあてた、その男性のハガキを読み上げる。その男性は、自分が戦死しても、あなたは幸せに生きてほしいと綴っている。小さな小さな字で、思いのたけを、あふれるように。
その後お母様は、キヨシローの父親となる人と再婚したが、キヨシローが3歳の時に病気で亡くなる。それで、お母様のお姉様夫婦が、実の親として、キヨシローを育ててくれたのだった。
キヨシローは詩人だから、人の世のゆくえを感知できる。キヨシローの警告したように、私たちの社会は、他種を滅ぼしながら、破滅へと向かっている。
これを止めるのは、おとなになった、私たち一人ひとりだ。
ブログを読ませていただいて、温かな気もちになったり、ほんとうにひどい、加害者が許せないと思うことがある。
それぞれの人が、今、いちばん大切なことを守りたいと願う、その思いは、伝わり合う。
私は、お一人おひとりの励ましを受けて、勇気を出して、生きていきたい。
女子猫のまーちゃんと共に。