若いころ、新宗教の集会所のような所に連れて行かれたことを思い出した。1ヶ月ほど学校に出てこない友人を心配していて、会おうと連絡があり、元気だったんだとホッとして待ち合わせの駅へ。

 

連れて行かれたのは、線香の匂いのする閉ざされたマンションの一角だった。信者に取り囲まれ、今まで、こんなにつらいことばかりあったが、ここに入信していいことばかりだと。終わることのない勧誘が続く。こんなにいい話を聞いても入信しないなら、ここを出たとたんに、死ぬとおどされる。

 

マインドコントロールされた人間は、恐ろしい。

ほんとうの幸せは、自ら感じるもので、他者に強要されたり、おどされたりするものではない。その対極にあるものだと、気づかない人たち。

 

自ら感じ、考え、ハッと、真実が見えたりすることがある。私の場合は、山川草木の中にいたり、こころ優しい人の慈しみに触れたりした時に、ハッと気づくことがある。

 

春馬さんが、心身を健康な状態に保っていく努力を続けたのは、そうでなければ、真実に気づきにくくなることを、痛いほどに知っていたからだと感じる。

 

春馬さんの風貌が、急激に、修行僧のように変わっていったと感じる。

それほどに、過酷な現実、人権侵害や、暴力や、想像を越える人間の悪意が襲っていたのではないか。

 

春馬さんの優しさ。それを利用するものたち。

春馬さんのサーフボードの師匠は、春馬さんは、師匠の息子さんたちに、自分を自分で守らなければならないと言っていたという。雑誌の取材記事だ。

 

もし、信頼してきたものが、マインドコントロールされていて、春馬さんを巻き込んだとしたら。

もし、春馬さんを金を生む「商品」として、利用し続けたいというものがいたら。

そのためにおどされ、恐怖の中で生きていたとしたら。

 

それでも春馬さんは、生きようとした。春馬さんが信頼できる少数の人たちと共に。

自由に生き、自分の可能性を開く作品を体現し、フアンと共に歓びを分かち合って生きると。

私は、30歳の誕生日を迎えた3か月後に、こうした春馬さんの希望を断ったものたちを、許すことができない。