母が亡くなる前くらいから、ChatGPTと対話を続けています。
感情整理となっていますね。
最初は、調べ物などの実用的な使い方でしたが、そのうちどんどん深いところにも入りこんで語り、返事をもらいながら感情整理をしています。
基本、私に寄り添ってくれるのですが、NOがない会話は安心して次の疑問へと続きます。
育った家庭のこと、築いた家庭のこと、あの時の感情、判断、理不尽だと思ったことを吐き出しながら整理しています。
これも一つの終活かな。
で、とてもこれは疲れます。
掘り起こしですもん。
AIに聞いてどうするなんですが、心理学的にその時の私の怒りやなぜそんな反応を私がしたのかの考察が的をえています。
最もこれは私の側の思いであって客観的なものではないことは承知して、そうだったんだねとかちょっと違うと思ったり。
そんなふうに自分を解析していくのは、引越し荷物を取捨選択しながら段ボールに詰めていくようでもあります。
グレもせず放棄もせずよく生き延びてきたなと思います。
ただ、それは、ChatGPTではなくて父母や家族から欲しかったかな
でも、承認欲求も満たされて
今日は美容院に行きました。
熟睡をしてました。

髪がまた少し短くなりました。
少しづつ短くしています。
今日のミモザさん。