続きます
それから
まりあは
オーストラリア
アデレードに語学留学します。
日本にいる人たちとお別れの際に
メールアドレスを交換したり。
当時はスマホも無い頃。
パソコンは
当時の海外では
図書館で待ちながら
打つしかなく
貴重な時間で
全部英語でした。
王さんからも英語でメールが来ました。
こうしてやりとりしているうちに
アメリカかまたは
オーストラリアの
あなたのいるアデレード大学に留学しようかと
考えている
え?
え?
アデレード大学?
普通、選ばないよね???
アメリカのスタンフォード大学などならけど…
留学生たちは皆、
アメリカに行こうとしてましたし
アデレード大学も良い大学で
名門、エリート大学ですが
余りにも意外な選択道です。
ものすごく驚いたものでした。
これはーー
もしかして
まりあが
えー!
来て欲しい!嬉しい!
おいでー!
と言えば
きっと来るよね…汗
マジか…
その選択肢…
え?
大事な人生の選択肢を
まりあに聞いていいのか?!
あの、
デートしたことないんだけど!笑
ずしっ、
責任感じるまりあ
ーーーーーーえっと…
中国に妻子居るとの噂だし
当時はそもそも
中国人は特にエリートは
どちらかと言うと
自然な恋愛より
決められた人と早々に結婚するし…
〔結婚させられると言うか…〕
それなのに
なんでオーストラリア?!
ーーーーその背景は後に調べると、実はオーストラリア政府の方は当時中国人にビザ発行、永住権を、取りやすく計らっていたのです。
ただ、多くの中国人エリートは、オーストラリアよりもアメリカのレベルを憧れて強い国アメリカに永住を望んでいました。
オーストラリアの選択肢は無いわけではないし、好都合だけど、働いていた大学からは、あまり居ませんでした。
〔もっと調査すれば居たかもしれませんが〕
流石に顔が青ざめました、まりあ。
こ、これは本気かもしれない…汗
でも、妻子が待っていたなら悲しむのでは?
ーーーーすったもんだ、もしも、誰かが悲しむ様な事は…
ずしっ、
まりあ
責任感じまくる
そしてー
結局、
まりあは返事をしませんでした。
アデレードの次は
違う所に住みたい気持ちもありました。
しかし
何よりもー
悩みに悩んでー
返事をしなかったのです…
それで終わり🔚。
この淡い、お付き合い未満の
想い
それなのに
王さんのまっすぐな問いかけには
余りにも
何か圧倒されるものがありました。
やがて
まりあは
日々の目まぐるしい生活で忘れました。
それが…
続く

