昨年(2012年)11月15日午前9時5分、
まじゅが虹の橋へ旅立ちました。
享年17歳でした。
歳が歳なので、
大往生ですね、と言われることもありますが、
晩年は認知症の症状が出ていて、
それが原因のアクシデントで亡くなってしまいました。
犬の認知症の症状一つに
「狭いところに入りたがり、出られない(バックできない)」
というものがあります。
家の塀と物置の隙間に入ってしまい
出られなくなり衰弱してしまってました。
ほとんどの隙間はふさいで注意していたようですが、
その場所は盲点でした。
母が私の家に来ている時で、
その時世話を頼まれていた妹が来たときには
隙間に挟まってぐったりとしていたそうです。
恐らく、一晩
飲み食いできず体調を崩してしまったと思われます。
若い頃ならまだしも、
挟まってしまって出られない恐怖、11月の冷たい空気は、
老体には耐えられないものだったのだと思います。
辛い出来事です。
でも起こってしまった現実です。
飼い主である母は後悔が残っているようですが
マジュはフクという愛しい娘と生涯のほとんどの時間を過ごし
幸せだったと、私は思っています。
元飼い主の飼育放棄状態を見るに見かね、
我家に迎え入れたのはマジュが1歳前後の頃でした。
若い頃は胃腸が悪く食事をしては吐いてたこともありましたが、
だんだんと丈夫になり、体調を崩すことはほとんどありませんでした。
最後の夜は母と一緒に寝たそうです。
獣医さんからはもう助からないと言われていたのですが、
翌日まで持ち越し
もう一度病院へ連れていこうと電話をしていた時、
まじゅを見たら亡くなっていたそうです。
静かに声も上げず旅立ちました。
2012年11月15日
午前9時5分
8歳頃、満開の桜と一緒に

まじゅは我家へ1歳頃にもらわれてきた子なので、
はっきりした生年月日がわかりません。
1995年のクリスマスタイム、まだマジュが3~4ヶ月のあどけない子犬の時、
前飼い主さんのご都合で、我家で一時預かりした時の写真があります。
なので、その年の8~9月頃が誕生日だと推察しています。
1997年1月6日には3匹の子犬を出産しました。
元々痩せていたので妊娠していることに気がつかず
ある朝子犬がいてびっくりしたというオチなんですが。
当時、海外で暮らしていた私と
そこへ冬休みを利用して一月近く遊びにきていた母と妹は
留守番していたもう一人の妹から知らせをFAXで受けビックリ
でした。
メールやインターネットも普及していない頃の事です。
懐かしい思い出です。
2008年お正月の様子
12~13歳頃は足取りもしっかりしていて
長距離の散歩も大丈夫でした。
13歳になった位の時
下の妹が撮影した写真です。この5日後あみを飼い始めました。

2009年9月26日、海ではしゃいでいました。
お風呂は嫌いなのに、海や川は好きでした。
先輩犬のように海にザブザブ入れないあみは
2匹が海へ入っていくと心配そうに見ていました。
14歳にしては若々しく元気そうに見えますが、
この位の頃から老化が1年1年早いスピードで
進んでいったように思います。

2010年は猛暑で9月なのにとっても暑かったです。
老犬を熱地獄に置いて行けず初めての遠出。
軽井沢に連れて行きました。
2010年は色々初めてのことを経験しました。
老犬になってから、ドッグカフェ、ドッグラン、泊りがけのお出かけデビューです
この頃には音にほとんど反応しなくなってきてました。
15歳、人間の歳では76歳くらいらしい。
長距離の散歩は難しくなりました。
ある程度歩くと動かなくなり「もう帰ろうよ」と地味にアピールしたり。
でも抱っこはなしで帰り道も自分で歩いていました。

臆病な子でしたが、耳が遠くなり、
他の犬が吠えようが、雷が鳴ろうが
へっちゃらになりました。
親子でじゃれあうこともほとんどなくなりましたが、
散歩の時は少しテンションが高まり娘のフクにじゃれかかることもありました。
16歳。一日のほとんどの時間は静かな自分の世界に入っているようでした。
ゆっくり穏やかな時間が流れているように見えました。

散歩に行っても、誰にあっても反応が少なくなりました。
フクに比べると足腰は弱くなってしまいましたが、
近距離の散歩はゆっくりした足取りでできました。
この頃には階段の昇り降りは自力ではできなくなっていました。
河原までは自分で歩き、川底へ降りる階段は
母が抱っこして運んでいました。

2012年2月、まさかのフクが先に亡くなってしまい、
最後の9ヶ月程は一人でした。
認知症による夜鳴きはエスカレートしていき
夜な夜な辛そうな声で鳴くので、痛々しかったです。
そんなマジュですが、たまにあみと会うと少し刺激になるのか
いつもより散歩も頑張って歩き
若さを少し取り戻していたと、母から聞きました。
この頃が生きているマジュと過ごした最後の時間でした。

私が会ってない最後の半年は老化も進んでいたようで、
送られてきた写メールの寝姿が痛々しかったです。
硬くなり筋力が衰えた足。フローリングでは滑ってしまい、
立っていると足が開いていくほどでしたが、
それでも一生懸命自分の足で歩きよく頑張ってました。

マジュは・・・、
耳はほとんど聞こえなくなったけど目は見え、
持病もなく最後まで普通食を自分で食べられ、
なんとか自力歩行ができていました。
医者にもほとんどかからず暮らせていたから、
もう少し長生きするかと思っていましたが、
あっけない最後でした。。。。
マジュとフク、
二人と共に過ごした時間を忘れません。
最後までお読みいただきありがとうございました
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