2011年3月11日。
わたしは、仙台にいた。
NTTさんでダイバーシティの
研修の最中だった。
揺れが治まって、しばらくして
津波のニュースがスマホで
見ることができた。
社員の安否確認のほうが大切。
研修の再開は無い。
わたしは、14階から降りて
タクシーを拾った。
13日に高知で講演会が入っていた。
24時間かけて東京に戻って
高知に飛んだ。
高知で講演会を終えた頃に
東北の情報が次々と入ってきた。
あれからずっと考えている。
あのまま高知に行って良かったのか。
なぜ、あの日、わたしは、仙台に
いたのか。
そして、未だに、地震の夢を見る。
東北の海が怖かった。
そんなわたしが、旧門脇小学校の
震災遺構に足を運んだ。
「もう思い出したくない」
そんな声もあったはず。
なのに、なぜ遺したのか。
後世に津波の怖さ、防災の大好さ
命の大切さを伝えたい。
その思いがあったから。
何度か経験したはずなのに
活かされてなかった教訓。
今度こそ、活かしたい。
そんな人々の思いがある。
記憶を紡ぐ
わたしの役割がやっと分かった。
わたしは、この場所を伝えなければ
ならない。
映像の中の先生の言葉
「どう生きるか」「命の大切さ」を
教えるのが教育。それができるのが
先生の仕事。
日本の先生たち、まだまだ
捨てたもんじゃない。
たくさんの言葉を遺したい。
わたしの思いです。



