いじめ問題に取り組む武術教育研究家、小池
道場で子供達からたくさんの質問を受けます。
大人なら倫理的問題に問われるような質問もあります。
特に小学校低学年はまだまだ倫理観の育っていない時期。
この時期に、“自分以外の人間”について想像する力を養うことが大切です。
特に聞かれることがあります。
「なぜ人は自殺してはいけないの?」
こう聞かれた経験のある大人はたくさんいることでしょう。
そして「命は大切だから」と答える。
すると「昔の大名とかもたくさん自殺したじゃん」と返ってくる。
さすが、道場に通う子だけあり、歴史にも詳しい子もいます。
しかし、私のようにもっと上をいく歴史マニアはこう考えます。
果たして大切な命だから、自ら断つことは悪なのでしょうか?
過去の武将達の切腹…
高僧達の即身仏…
世の中には命を賭してでも遂げねばならぬことがたくさんありました。
そして本当に命を落とした人もいます。
その人達の命は価値がないものだったのでしょうか?
いいえ、違います。
偉人達は価値ある命であるからこそ自ら断ったのです。
そして、その背景の下、自ら命を断ち、またさらに生まれる価値がありました。
歴史に名を残す偉人達は無駄死にを嫌ったのです。
「死=美」という価値観はいつの時代の日本にも存在しません。
現に神棚への作法でも、死は穢れを指し、身内の死があった場合には神棚に白い布をかける風習が今でも残っています。
大昔から簡単に命を投げ出すことは良しとはされていません。
なぜなら、人は生きているだけで多くの命を犠牲にしているからです。
日々、植物や動物の命を食べて、今まで生きています。
「苦しいから…」といって命を投げ出してしまうのは、それは今まで食らってきた命への冒涜となります。
全ての物には神が宿る。
八百万の神という日本独自の考え方ですね。
そんな神々の命の犠牲の下、今の自分は成り立っているのですから、価値なき死を選んではいけない。
それが日本人の伝統的な考え方です。
それは今も昔も変わらないのではないでしょうか。
武術教育研究家、小池