
実は私、入院中の父親の状態が思わしくなくて、昨日から実家の長野に帰っていました。
私の父親は以前のブログでも色々と書いてる通りハチャメチャな人です

力と威嚇で相手をねじ伏せさせる

そんな人でした。
父親は17年前の平成7年に始めて倒れました

肝臓の半分以上がアルコール性の肝硬変になってると
残りの部分も慢性肝炎だと
( 1日1升の日本酒を飲んでいた、大酒飲みの父親がなるべくしてなった病気です
)その時から父親の長い長い闘病生活が始まります。
しかし、自由奔放に我慢という事をせずに生きて来た父親にとって
禁酒、食事制限、なんて出来るはずがないのです。
結局その後も隠れてお酒を飲み、隠れて色んな物を食べていました。
母親はその事でまたストレスを貯め込み、娘達に会うたびに愚痴をこぼしていました。
そんな自堕落な生活をしていた17年間の間に父親は
高血圧、糖尿病、胃がんと次々と病気を発症していきます
1年間で平均3回程入退院を繰り返す生活を送っていました。
父親の体は病気のデパートでした

1年半前に自営業の仕事を辞め、やっと母親が自由に孫達に会いに行けると思った矢先に
父親の入退院の頻度が増して行きました

そして、私は昨年の年末に実家に帰った時に
父親が仏のようになっていた事に驚愕しました
自由を束縛されるのが大嫌いな人だから
私達が実家に帰っても基本別行動、3日目あたりから機嫌が悪くなり出し
母親の言う事やる事に威嚇的に文句を言い出す
というのが父親だった
なのに、私達のそばを一時も離れようとせず行動を共にし
最後の日までキレる事がなかった。
こんな父親を見るのは始めてでした。
私は嫌な予感がしていました

そして、一昨日母親から
「お父さんが脳梗塞をおこしてて
このまま広がると2、3日中に話が出来なくなる可能性があるから
その前に娘さん達に会わせた方がいいんじゃないか。。と主治医に言われた」
という電話がきた

慌てて姉と実家に帰ることにしたのが昨日
私は行きの電車の中で
「もしお父さんが死んだら、私の中のお父さんの呪縛から解放されるのかな」
と考えていた。不謹慎だけど、そう思った。
大嫌いだった父親、父親だなんて思いたくもなかった
どうしてこの人が父親なんだろうって悔しかった
そして入院している父親を見た時、私の中ではっきりと分かった
「もう、そういう対象ではないと」
許すとか、許さないとかではなく
「その存在を認めようと」
今なら分かる
父親の性格を作り上げたのは、他でもない親(祖父祖母)
4男で産まれたのに、上3人が子供のうちに他界するという悲劇のしわ寄せで
すべての事を許して来た親達、よかれと思ってそうして来た親達
子供が嫌な事はさせない、それをさけて通らせて来た事で
父親は嫌な事に対しての対処法を学ばずに大人になってしまった。
言葉のコミュニケーションで解決するのでは無く
威嚇して事を押さえ込んだり、機嫌が悪くなるという
まるで、小学生がする行動しか出来ない大人になってしまった。
子供の時に学ぶ事が出来なかったから
それを親がさせなかったから
彼も被害者なのです
「帰りたい」とろれつの回らない口で話す父親を見ていたら
この人の存在意味を認めようと思えた
これも一種の「呪縛からの解放」なんだと思えた
「私は解放された」
そう思えた事に感謝します。
あの辛かった時を乗り越えた過去の私に
父親を認める事が出来た今の自分に
頑張ったね
ありがとう
父親はとても心臓の強い人です。
17年の間に何回か医師から「もうダメかも」と言われてます
今回はどうなるのか、まだ分かりません。
でも、心の準備はしておくつもりでいます。
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