こんにちは!アレルハハです
。
乳・卵 他アレルギー&アトピー娘エミ中③
ナッツ 他アレルギー&アトピー息子ゲンタ大③
自身はアトピー持ち、デュピクセント開始
後に眼に副作用が出て中止
、
2022に再開し、2023夏 関節炎で再び中止
。
食物アレルギー、アトピー治療、
デュピクセント副作用諸々、記録しています!
ピアノは大人再開後、手を傷め中断したり
しながら練習しています。
バイオリンは2022年夏に始め、約1年習って
現在はゆる~くお付き合いしています。
いやぁ。。。
重い本でした。。。
もう、安易に「安楽死は必要」なんて
言えなくなっちゃった。
ネタバレしますが、良いよね?
一応 pickを挟んでから(笑)ネタバレします。
キーワードのひとつが「すべり坂」でした。
ひとつを認めると、坂をすべり落ちるように
色んなものがOKになっていくやつ。
初めは慎重に慎重に、
「終末期の患者」に限定して、
これと、これと、これをして、更にこういう手続きを踏んで、、、とようやっと認めていたものが、
どんどん手続きが簡略化されていった例がいくつも挙げられていた。
「終末期」の範囲がどんどん広がっていき、
経済的に困難、も入れるとか、
重い障害で意思が通じなかったら、とか、
最後は高齢なら誰でも???みたいな思想とか。
子どもへの拡大とかも。
(死者の7%が安楽死という地域があるらしい。
受け入れられますか?私には驚愕でした。
そんなに日常的に殺人が行われてるなんて。。。)
「無益な治療」とされる範囲が
どんどん広がっていったり。
(それが患者にとって無益って、誰が決めるの?)
医師だけが安楽死を決めたり実行したりするのが辛いから、他職種も?ひいては親族も?!
みたいな話とか。
あとは全然思ってもなかったのが、
臓器提供のプールとして都合よく使われてしまう可能性。
がん患者の臓器はあまり提供に適さないけど、
そうでない「終末期」の患者が
臓器提供者として待たれる現実。
移植医にとって
いつどこで出るかが分かっている
「都合の良い提供者」と成り果ててしまう現実。
幼い子どもの安楽死を認めたら、
幼い子が、自分のために、
幼い子の安楽死を待つ状況になるのか。。。
「功利主義」的に、
その命を生かしたらどれだけ生産性があるか
(もしくは、ないか)
で命の軽重を決めてしまう現実も。
怖い。
怖すぎる。
それを今 現実に、医師がやっているというのがとても怖い。
日本では特に
同調圧力が強いこと、
迷惑をかけることを悪、とする風潮などがあるため
いったん認めたらヤバいことになるんではないかと
著者はとても危惧されていました。
(そして日本で安楽死を認めよの主張も近年高まっているみたいよね···)
著者は重度障害の娘さんを、
執筆時点で36年間育てておられます。
特に娘さんが「障害者だから」医師に粗末に扱われた経験が多くて。。。胸が詰まる。
わたし自身も、
医師の説明不足にとても嫌な思いをした直後であり、
医師に自分の全てを託して良いのか????
考えるところが大きかったです。
医師って、聖人ではないし、
人格が特に優れている訳でもなんでもない。
ごく普通の人間が(←頭は良いのだろうが)
訓練を受けて、資格試験を受けて、
命を扱えるようになっているだけ。
生死に毎日向き合ううちに、死への「慣れ」が生じるのは否定できないはず。
命の選別などにも次第に慣れが出てきているはず。
忙しくて、寝る間もなくて疲弊して(←これらは社会で解決すべき問題だけど) 、
助けるべき患者と、大変な思いをしてまで助けなくて済む患者、を選びたくなることだってあるんじゃないか。
そんな医師に自分の扱いの全てを任せられる?
私はちょっと、、、したくないな。。。
自分は、いざとなると
生命に執着してしまう気もするし。。。
そもそも、「私は安楽死を選びます」
と宣言していても、
人間の心って変わりうるものですよね。
実際、急に変わった心に対応せず、
宣言通りに行われた事件なども書かれていました。
この本は安楽死を認めることの危険性、
という視点で書かれているので
ある意味偏っているのでしょうが、
私は知らなかったことばかりだし、
考えたこともなかったことばかりだったので、
かなり衝撃を受けました。
自分が浅はかだったと思いました。
施設で体調も良くないのになかなか天に召されない高齢の方などを見て、分かったような気になっていた。
その人の考えてること、死生観、人生観など
分かるはずもないのに。。。
本の中では淡々と安楽死を進めていく医師の冷酷さが浮き彫りになっていましたが、
それだけではなく、
ちゃんと一人一人の生命に向き合い
人との繋がり、関わりをもって生命とする医師もいて、その医師たちは懸命に、安易な形で進められる安楽死に立ち向かっていた。
安易に患者のために(と称しその実 自分のために)
死をすすめるのでなく、
その方がどうして死にたいという思いに至ったのか?
どうすればもっと生きていたくなるか?
それらを、周りのケアする方々と共に突き詰めようとする医師もいて、励まされました。
私もそちらに光を感じたいと思います。
いやはや。
安楽死の論議、簡単に進めたらダメですね。
とはいえ、本当に医療の打つ手がなく、先が苦しみばかりになった時に、救いはあるのかな···
医療資源に限界があるのもまた事実。
難しいですね。。。
せっかくだから読んでみようかな···
本当は死にたい人なんて誰1人いない
って、ほんとそうなのかもしれないよね····
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