こんにちは!アレルハハです
。
乳・卵 他アレルギー&アトピー娘エミ中③
ナッツ 他アレルギー&アトピー息子ゲンタ大③
自身はアトピー持ち、デュピクセント開始
後に眼に副作用が出て中止
、
2022に再開し、2023夏 関節炎で再び中止
。
食物アレルギー、アトピー治療、
デュピクセント副作用諸々、記録しています!
ピアノは大人再開後、手を傷め中断したり
しながら練習しています。
バイオリンは2022年夏に始め、約1年習って
現在はゆる~くお付き合いしています。
後悔本(←)には
2人目、3人目を産んでる人も結構いて、、、
何で!?!?
と思ったんだけど、周囲からのプレッシャーだったという人もいましたね。色々あるのでしょうね。
中でも本の中の美保さんは、
1人目が自閉症(とは判明してない段階)で寝ない食べない、保育や行政サービスからもサポートどころか散々な仕打ちを受け、なのに2人目。。。
美保さんは2人目の分娩台で産みたくない!って
泣き叫んでしまったそうです。
そしてその2人目が重度食物アレルギーという、、、。
(やはり神経発達と食物アレルギーは何か関わっていると
思ってしまう私··· 本題から外れるのでやめます)
なのに、3人目も産んでる。。。
何でだろう?そこには触れてなかったです。
_______________
今日は私が2人目 産もうと思った理由を書きます
1人目が
妊娠初期から出産後4年ぐらい
まぁ〜散々だったので、
当然、2人目は絶対に嫌でした。
あんなの本当に無理だと思ったし。
気が徐々に変わってきたのは、
ゲンを育てていく過程で、
親はどうしても子に譲っちゃう、という関係に気付いて。
特に食べ物はそうだよね。
頑張って揚げ物とかして、
自分でも美味しいな!と思っても
ゲンが「もっと食べたい!」
て言ったら親は残りとか自分のを上げるでしょ?
(大きくなった今では戦いもしますけど🤣
幼子と食べ物取り合いはしない親が多いかと。。。)
これ、、、
きょうだいがいたら、ジャンケンしたり
ケンカしたり、結果に泣き叫んだり、
我慢したりさせたり、、、というのを
毎日のようにやって、社会性を学んでいくんだよな···
親がいつもいつも譲ってたら、そういう本気の取り合いとかをしないまま、大きくなるんだな···
親と子は戦わないな···
と思ったの。
それがひとつです。
(一人っ子の方を悪く言ってる訳ではありません。
当時の心境をそのまま書きますので、
どうかお許し下さい。)
(義母やら母やらに「1人はかわいそう」
という発言はありましたが、
そんなものに屈する気はありませんでした💪(笑)。)
2つ目は、、、。
ゲンの育児が2歳半まで実母にがんじがらめで
辛い思い出 しかなかったことで、
子育てやり直したい、
という思いがあったことです。
(実家にいると「かわいいかわいい♡」と我が子を
ストレートに愛で慈しむことも、母の横やりが入るから
あまり出来なかったのでした)
2人目を産んで(←産みたくはないが)
次こそ全て自分の手で育児をやり、
実母には指一本触れさせない!!!
という怒りを伴う強い感情です。
産むとしたら
絶対に仕事をしながら、自分らしく育てたい!
余計な干渉を受けず、園にも預けながら
楽しく自由に育てたい!!!
という思いは結構強かったです。
(決して産みたい訳ではない)(しつこい!😅)
私はずっと、仕事をしたい!
という思いを強く引きずっていて。
このまま専業主婦だったら、もう生きてても価値がない、ぐらいに思い詰めていました。
ゲンが2歳半頃に旦那が帰国、実家を脱して、
(円形脱毛症も3週間で生えてきて😳)
その後、一時保育に定期的に預けることに成功。
そこから就職先を探して
専門学校の非常勤教員になりました。
初めての職種だったけど、とてもやりがいがあった。自分にも向いていたと思います。
ゲンの育児と仕事を必死でこなす中で、ようやく
生きてる実感が出てきたんですよね。
この頃 私は母に対して激烈な負の感情を持っていて
母が来るとなると悪夢を見たりしていました。
母への葛藤がようやく落ち着いたのは
40代になる頃かな。
母と娘に関する本もいくつか読みました。
自分の心が成長して落ち着いたのもあるかも。
また この頃ダンナは(ろくに育ててないから)
2人目を、ほしいほしいという。
2人目産んだら育休も取る、協力する!などという。
(誰でも言うやつ)
そんなものに騙されるか!甘いよ!!!
とは思ったが、
自分が少しはまとめて寝れるようになったのと
さすがに、ゲン級の寝ない子は 周りを見ても
激レアだったので、激レア X 激レアはさすがに無いかな···と確率論的な期待をすることにしました。
また、ダンナには
10キロ痩せたら妊娠してあげる
といいました。こちらは更に数年間、気持ち悪さや痛みやしんどさ、寝れない育児で死ぬ思いをするのだから、それぐらいは苦労してみろと。
そしたら当時ほんとに痩せたんだよね···😨
もちろんリバウンド。
また痩せてほしいなぁ。。。
(現在80キロぐらい)
ま、そんなこともあって。
文字通り、決死の覚悟にて2人目製作を決行!
成功!(早っ。我が家は二発二中です🤭)
産まれたエミはちっちゃくてちっちゃくて❣️
それはそれはもう‼️‼️‼️‼️![]()
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可愛かったですよ〜🩷🩷🩷🩷🩷🩷。
見て見て〜(۶* '▽')۶" ー✧⃛うちの子可愛いでしょ!って自慢して回りたいぐらいかわいくてね。(多分偏差値50台だったけど😅)
ゲンは巨大児だったのもあるね。。。(こちらはかなり偏差値低かった)
エミは一般的な体重で産まれてくれました。
和痛分娩を選び、産後の疲れがほとんどなかったのも
私にとってはすごく良かったです。
(ゲン出産後は退院前に私がインフルエンザになり・・・
😱いやはや、手がかかりすぎやろ)
結局、実母のヘルプにも頼ることはあり
(てか主に父。私より元気だからね😅)、
指一本!の誓いはあっさり崩れ去りましたが😂、
エミをほぼ自力(というか夫婦)で育てることはできました。(夫は育休は申し訳程度に取ってた😇)(子が病気の時 休んでくれたりもしました。私は非常勤ながら休めないというブラック職で、エミ5歳ぐらいの時、遂に力尽きて辞め、転職。)
何とか自分の思いに近い、「やりがいのある仕事の片手間に育児をする」形を実践できたことは、振り返ってみて、自分にとってすごく良い「過去の精算」になったと感じています。
私のは特殊な例と思いますが、
こんなことで2人目を産もうかな···
と思うこともあるんですよ。
重い話ばかりでしたかね。
私はスッキリしてるけど🤣。
2人目を産んで良かったよ〜!
これは後悔してない、と断言できる!かも(オイ)
当時読んで 今でも覚えてる本です。
私はカウンセリングまでたどり着けなかったけど
これを読んで 受けることを相当に考えました。
色々あるね···それだけ難しいのでしょうね。
二人目の壁、小一の壁、まぁ〜壁だらけ😅
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