東北地方太平洋沖地震。 | 買い物依存症カモしれない女。

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好奇心旺盛なまちゅのブログです★

あんま面白くないと思いますが、ココに飛んできたのも何かの縁だと思いますので、良かったらゆっくりしてって下さい( ´ ▽ ` )ノ

いかにもペタ稼ぎの為っぽい人からのペタは削除させていただいてますので、ご了承ください。

やっと少し落ち着いてきたので、自分の記録にもなるだろうからブログを書くことにしました。


きっと長くなるだろう、そして、今でもアタシ以上の不安や悲しみを抱えている方。

それから、やっと気持ちが落ち着いた方々には、ツライ想い、嫌な想いをさせてしまうカモしれないので、読まないコトをおすすめします。


そんな方々が、こんなの読んでるヒマないから大丈夫だろう。

そんな考えは間違ってると思う。


どんな些細な情報でもイイから知りたい!

そう思って、色々なニュースやブログ、ツイッターなどをチェックしている人はたくさんいるから。





3月11日。


仕事だったアタシは、いつものように2階建ての大きなショッピングセンターで働いてた。

その日のシフトは、14時45分まで。

(そう、地震が起きる1分前ね。)

休憩に行ってる人から引き継がれた売り場づくりを一生懸命やって、テーブルを一つ使いながら、魅せる場所を作ってた。


あぁ、もうちょっとで完成なのに、もうあがらなきゃ・・・


そう思っていたら・・・

少しの揺れを感じた。


あ・・・地震だ・・・


確か最初はそんな感じだったかな。

それがいつまで経っても治まらなくて・・・

近くを歩くお客さん達と、苦笑のようなモノを交わしながら、


地震ですねー


とか、


ずいぶん長いですねー


とか、そんな会話をしたような気がする。



すぐに治まると思いこんでたソレが、治まるどころかどんどん大きくなって。。。

既にパニックになり始めてたお客さんが近くに集まってて。。。


何故かとっても冷静になれた。


とりあえずアタシの目から見える場所にいる人たちに、すぐに床に座るように呼びかけて。

天井を見上げて、照明とか、仕切りとかの下にいる人には、もう少し横にずれるように注意して。


そんなコトをしている間にも、揺れは強まるばかり。

気づいたらすぐそばに天井の一部が落ちてきてた。

そのすぐそばには、何のためかわからない、天井に走っているガラスの仕切り板が割れたモノも散乱してて。

妙に冷静な気持ちで、


あぁ、あの下に誰もいなくて良かった・・・


って思った。


いつまで経っても揺れはおさまらなくて、館内放送から聞こえる警備員さんの声も焦ってるのがよくわかる程だった。



アタシのお店は、避難通路に指定されてる階段から一番近い場所だったから、揺れが治まってきたのを見計らって、急いでお客さんを誘導し、外へと出るように呼びかけを始めるコトにした。

ちょうど、警備員さんも来てて、大きい声で避難通路を案内してたから、アタシは、


焦らずゆっくり警備員さんの指示に従って避難するように。


って伝えるコトに徹したんだ。


怖がって動きたがらない人もいたし、走ろうとする人もいたし。。。

どうせ避難通路は混んでるから、あとで避難するって言ってベンチに座っちゃう人たちもいた。



だけどすぐに余震は訪れて、みんなの冷静な気持ちを、少しづつ奪っていったような気がする。


アタシは昔から、周りがパニックになると、妙に落ち着いて冷静になれる所があったから、こんな性格に育ったコトをスゴク感謝した。


従業員全員で、お客さんを建物の外に避難させて、館内に残ってる人がいないかどうかを急いでチェック。

その後やっと、従業員にも避難を呼びかけるアナウンスが聞こえてきて、お店のみんなと外に出た。


避難先はお店の駐輪場。

駅前の大きなショッピングセンターだから、駐輪場もとっても広いんだけど、さすがにすごく混み合ってたなぁ。


建物から離れるコトもままならないまま、次の指示をみんなで待ってたら。

従業員は、売り場主任や課長を残して、全員館内へ戻るように。とのお達しが出た・・・



え・・・

まだ余震が続いてるのに!?

また大きな揺れが来るかもしれないのに、復旧も何もないじゃん!


そんなコトを言いながら、さっき来たばかりの避難経路を逆に辿ってお店へ戻る。


戻った先は、なんだか空気がうっすら白くて、妙に静かで、少し怖くなった。


揺れが治まってる間に、ケータイだけでも手元に持っておこう。ってコトになって、お店のバックルームへ続く扉を開けたら、バックルームの壁と壁をつないで支えてる梁が落ちかけてた。

2メートル以上の高さがある脚立も倒れてたし、学校の先生が使うような事務机も壊れて斜めになってた。

他にも、長い鉄の棒の束が倒れてたし、色々なモノが散乱してた。


アタシがもし、14時45分ちょうどにあがってて。

バックルームに上着と荷物を取りに入ってたら・・・

間違いなく、脚立もしくは鉄の棒の下敷きになってただろうな・・・

もしかしたら、一回目の避難の時点では気付いてもらえなかったカモしれない。。。


まだ余震が続く中、階段近くの通路に出てみんなで指示を待っている間、フッと思った。


ココがこんなに揺れてるんだから、もっとヒドイ場所が他にあるんじゃないの?


って・・・


何と無く口にしたその言葉で、一緒にいた友達が、ケータイでテレビを見てみよう。って提案してくれて、小さな画面を皆で見つめたら

そこに映されたのは、アタシ達がいる場所は、震度6弱だったってコト。

そして、仙台の方は震度7で、これから大津波が襲ってくるってコトだった。


お客さんを誘導したりするのに精一杯で、張り詰めて冷静を保っていられた気持ちが揺らぎそうで、アタシはそれ以上は見ていられなかった。


そしたらすぐにまた、大きい余震がやってきて。

友達が泣き出してしまって。

アタシはまた冷静を取り戻すコトができた。


アタシまでパニくってたらいけない!って。。。


こんな中で復旧作業も何もない!

アタシ達も外に出なくちゃ!!


そう思っていたら、再度、従業員への避難指示がアナウンスされ、落ち着きながらも急いで階段を下りて外へでた。


次の指示を待つ間、周りが騒がしかったのでチラリと見やった方向には、黒煙が立ち上っていて・・・

近くにある総合病院へと向かう救急車が3台通ったのを覚えてる。

途中、お姉ちゃんからのメールが届いて、お母さんだけ連絡が取れない。って書いてあったのを見て動揺して泣いてしまったけど、職場の友達が励ましてくれて、なんとか落ち着きを取り戻せた。


館内に荷物を置いたままのお客さんへの案内。

地下駐車場に車を停めていたお客さん達への案内。

幸い、ケガ人はいなかったモノの、気分が悪くなってしまった人はいたみたい。

従業員さんでも、妊娠中の方が何人かいたから、その方へは毛布が配られたし、何とか通じたケータイで、連絡を取り合ってる人も見受けられた。


色々な対応が終わって、大きな余震もなくなってきたので、従業員はもう一度館内へ戻され、そのまま帰宅するようにとの指示がでた。


一階の状況はわからなかったけど、二階は営業出来るような状態じゃないのは明白で、とりあえずその日は全館営業中止になった。



お店のみんなで、すぐそばの駅に向かったけど、明らかに電車が走ってる音は聞こえなかったし、嫌な予感を抱えながら目的の場所についてみると、そこにはあふれ返った人、人、人。

アタシが利用してるその駅は、3つの路線が出入りしてるんだけど、どれも運行してなくて、バス停やタクシー乗り場は、既に長蛇の列。


ケータイだって、何度かけようとしてもつながらないし。

メールも、何とか送信は出来ても、受信が出来ない状態。


何時間かかるかわからないけど、歩いて帰るしかないな・・・

そう思いながら見上げた空は、鳥がいっぱい飛んでいて、なんだか気持ちの悪い色をしていた。



歩いて帰る。と告げようとしたら、運よく電話がつながった友達の旦那さんが迎えに来てくれるから、一緒に乗って行きなよって言ってくれて、迷惑じゃないなら・・・と乗せてもらうコトになった。


その人の家とは全然違う方向にあるのに、わざわざ送ってくれて、ホントにホントに助かりました。



自宅のあるマンションにつくと、もちろんエレベーターは止まってて、家の中もヒドイことになってるんだろうな。って覚悟をしながらカギをあけたら。

PCのディスプレイが倒れていたり、食器棚の中でグラスが倒れていたり・・・

ちょっとしたコトならあったけど、ほとんど被害がなくてすごく驚いた。


幸い停電もしていなかったので、慌ててテレビをつけたら、嘘みたいな画像が流れてて。

アタシが経験したコトなんて、全然大したコトじゃなかったんだって思い知らされた。


ずっと余震は続いてて、通信系は相変わらずほとんど機能しないし。

テレビでは信じられない状況が映し出されてて。


それでもどこか冷静だったのは、まだ気が張っていたからだと思う。


夜中を迎える頃には、震度6強と伝えられた、実家の両親や、姉家族、全員の無事が確認出来たから不謹慎とは言え、かなり安心したのを覚えてる。

職場はもちろん営業出来ないから、次の日の仕事はお休みだっていう連絡もきた。


とりあえず寝なくちゃ。。。って思って横になったベッドも、朝まで何度揺れたかわからない。

浅い眠りを繰り返し、やっと朝を迎えたけど。

アタシは、連絡の取れないhiyoriのコトが心配で心配でたまらなかった・・・

だから、あのなうを見たときは、本当に本当に嬉しかったんだよ・°・(ノД`)・°・


ずっと停電状態だった実家の方も、12日のお昼頃には復旧したみたい。

ケータイも、電話は相変わらず繋がりにくいものの、メールは通じるようになったみたいで、連絡が取れなかった友達からもメールが届きました。


自衛隊員の友達は、11日のうちに被災地へと向かったみたいです。

きっと今も、たくさんの人の力になれるように尽力してくれてるハズです。



少しづつ日常を取り戻していくのに、テレビから流れてくるのは恐ろしい現状ばかり。


津波の映像はもちろん。

今一番不安なのは、原発のコト。


被災地だから、足元もおぼつかないのに、急いで避難してくださいって言われても無理に決まってる。


みんなの不安を煽らないように、情報を小出しにしているのカモしれないけど、そのせいで、被爆してしまう人が出てくるわけで。

言わなきゃいけないコトは、包み隠さず公開して欲しい。


それから、こんな時にまでチェーンメールを発信してる人がいるコトが信じられない。

ホントに最低な人間だと思う。

もし本当に、ただの悪質なチェーンメールなのだとしたら、地獄に堕ちろ!!

言葉は汚いカモしれないけど、もしかしたら不適切って言われて消されてしまうカモしれないけど。

アタシの本音です。


今も余震は続いてます。

気を抜くと恐怖が襲ってきます。


最初は小さな揺れでも、またこの間の様に大きな揺れに変わるカモしれない。

そういう考えが、余震が起こる度に頭をよぎるのです。


だけど、被災地の方々は、もっともっと、比べ物にならないくらいの想いをしている。

被災地にいなくても、被災地の方と何らかの関わりがある人は、不安に苛まれて、もどかしい想いを抱えて一分一秒を送っている。

亡くなった方々がたくさんいるのが見えているのに、周りが水没しているせいで、近づけない、歯がゆい想いをしている方々がいる。

原発の近くに住んでいる人は、今も言い知れない恐怖や不安と闘ってるハズ。



亡くなった方々、本当に悔しかったでしょう。

今も、早く見つけて欲しいと願っている方がたくさんいるでしょう。

悔しいけどアタシには何も出来ない。

ただ、ご冥福をお祈りするコトしか・・・



本当に、一刻も早い事態の終息と、復旧を祈ります。

それから、みんなの大切な人が、どうか無事でいますように。

どうか、今すぐにでも連絡が取れますように。

救助を待っている方々には、一分一秒でも早く、その手が届きますように。



塵のように小さな存在のアタシには何も出来ないけど。

出来るコトを精一杯したいと思います。



本当に長々と書いてしまってごめんなさい。

最後まで読んで下さった危篤な方、いないとは思いますが、もしいたらアリガトウ。

とどのつまりは、自己満足な記事なので、スルーしてくださって結構です。