学生時代、ずっと苦しかったこともあって

心の世界にはずっと興味があった。

 

特に子育てに関しては

「どうして、もっと寄り添った子育てをしてくれないんだろう

わたしだったらこうするのに!!(こんな苦しい気持ちにさせないのに)」

という気持ちが強かった。

 

小さいころから

子どもは好きだった・・・と思う

 

 

先生になるものだと思って生きてきた。

他の道はあまり考えたことがなかった。

 

途中、心理カウンセラーになりたかったが

猛反対をされた。

 

大学を卒業した頃は

採用試験はかなりの倍率で

臨時で教員になった。

 

今、考えると

このあたりから、歯車が少しずつ狂ってきているのが分かる。

 

「私の想い」

と

「親の希望」

がずれると、大抵ズレが生じる。

そして、自分の意見は大抵通らない

(親は、身勝手していると思っているのだけれど・・・)

 

 

私は

「親がうるさいから」

でも、物事を決めると(言う事を聞くと)

うまくいかないようになっているのかもしれない。

 

 

臨時で教員になるも

現実は思ったよりも過酷で

 

家も、相変わらず窮屈で

どんどん疲弊していった。

 

PTAのアンケートで

「どうして教員になったのか」

という問いに

周りが強い熱意をもっていたにもかかわらず

私は何も答えられない自分が心底恥ずかしかった。

 

そんな中、働きだして4年ほどの事

とあるショックな事が原因で

声が出なくなった。

失声というらしい。

ちょっと原因はここでは伏せるのだけれども

聞きたい方は直接聞いてくだされば、全然お応えします😂

心因性だった。

 

仕事を辞め

家にいる事しかできなくなった。

 

仕事をやめて悲しいとは思わなかった

心底ほっとした

「もう、行かなくていい」

と思った。

 

そんな時、ふと、勧められて出会ったのが

スピリチュアルな人だった。

 

占いさえ信じていなかった

(おまじないのようなものだと思っていた。)

見えないものと言ったら

「あなたの知らない世界」しか知らなかった私が

 

その人から勧められた前世療法で

「出なかった声が出るようになる」

という衝撃的な体験をした

 

「これはなに?」

「この世界はなに?」

と自分に起こっていることが知りたくて夢中で色々な本を読んだ。

 

久しぶりの読書だった。

 

どうやら思考は現実化するらしい

目に見えない楽しい世界があるらしい

 

そのころ

江原さんと三輪さんの

スピリチュアルな番組が始まった頃で

〝スピリチュアル〟という言葉が流行った頃でもあった。

 

誰かに話したくてウズウズした。

本当に思考現実化するのか試したかった

(この時点で、ちょっと意味がわかってないんだけれど笑い泣き)

 

でも、案の定、両親は、すごく嫌がった

「変な宗教にはまった」

「そんなものない」

と。

 

少し、身体と心が回復した頃

アルバイトを紹介され

薪ストーブとヨーロッパの木のおもちゃのお店でアルバイトをした。

 

そのご家族が大好きで

仕事も楽しくて

毎日幸せだった。

 

でも、両親はいい顔しない

私が、元気になるにつれ

なかなかアルバイトから発展しない私を見て

両親がイライラしだした

 

もう家にはいられない

一人暮らしがしたくて

その店を辞め

教員に再度戻った。

 

お金を得るには、それしか取り柄がないと思った。

 

このあたりの過去の話は情けない気持ちでいっぱいになる。

公開するのも、勇気がいってちょっと正直悩んだ。

 

でも、書きながら気づきもあった。

自分軸をなくして、人に従うことが良い事だと思ってきたけど

(争いたくないから)
それが、折り合いをつけるということだと思ってきたけど

そんな訳ないな

 

自分を見つめないで

見て見ぬふりをして

自分を偽って

自分を押し殺して何かをするということは

 

他の誰かを傷つけたり

迷惑かけたり

するんだな。

自分の情熱の炎がどこに向かうのかをしっかり見つめないと

最高のパフォーマンスが出来るわけがない。

 

「生きるのが楽しい」

そう子どもたちに思ってもらいたい

ずっとそう願っていた

そのためには

まず自分が

「生きることが楽しい」

を知らないといけなかったんだな。

 

 

まきょんから

「書くことで覚悟が決まるよ。」

と言われて「覚悟とはなんぞや?」と思ったけれど

ちょっと意味が分かった気がするよ。