長生きをすればするほど

愛しい人たちに先立たれて、悲しみの種が増えるばかり。

80代、90代、100代の戦争の時代を生きた人たちは

ロシアのウクライナ侵略によって

過ぎし日の悲惨な思い出が浮き彫りになってきました。

 

思い出を共有できるひともいなくなり、

昔の思い出話をすると

「そんなバカな!」と信じてもらえない。

私たちは「そんなバカな」時代を生きて来たのです。

 

学校へ行って

お教室に入ったら

まず

硯を出して墨をすりました。

授業が始まると先生は…

「ハイ、〇〇ページを開いて、上から××行目から△△行目まで、塗ってください。」

教科書は真っ黒でした。

 

いま、日本が又、戦争を始めるのではないかというきな臭さに、真っ黒に塗った墨の下から、文字が浮き出て来るような気がします。

 

戦争で始まった人生の、

終わりが新型コロナだなんて、なんてこった!…と思ったのですが…

もしかしたら

人生の終わりも戦争かも知れない・・・!

なんてこったなんてこったなんてこったームキー

 

中学生のとき「矛盾」という言葉を習いました。

先生が盾と矛の話をした後

『事実があるから言葉がある』と仰いました。

…と、いうことは…

「戦争」が無くなれば、辞書から「戦争」の文字が無くなるのだろうか・・・

いまに

「戦争」って何?

…という人ばかりになるのだろうか…

そんな空想を描きました。

実際

憲法9条のおかげで、日本は空想が現実になりつつありました。

戦後の極端な民主教育によって

私たちは「戦争放棄」と「主権在民」という言葉は耳にタコ。

 

高齢者の人生のエピローグが「戦争」であってはならない。

子や孫やひ孫が

笑っている世の中で死にたいのです。

 

「ウクライナに平和を」のハッシュタグを入れる度に

「戦争反対」の思いが胸いっぱいに広がります。

 

東京大空襲の後

生き残った子ども達

戦争が終わったという安堵感のなかの笑顔

戦争の傷跡が残る東京・中央区立阪本小学校の屋上で

昭和22年頃

後列向かって右から4番目が私です

みんな洋服のサイズが小さくてつんつるてん

栄養失調でお腹ぽっこり

クツがなくて裸足の子が何人もいた

下駄履きも…

たぶん虱も…えーん

でも、笑ってた!

 

中学生になった時

最初にできた校則は

『下駄ばき通学禁止』でした。(笑)

 

 

 

 

 

 

 

#ウクライナに平和を