意識は9日

でも日付はもう変わっていた。

1945/3/10

東京大空襲

10万人以上の死者

数字だけが無味乾燥に残っていきます。

 

私達はあの日

焼夷弾の雨の中を

着の身着のまま裸足で逃げ惑いました。

紅蓮の焔のなかを...

燃えながら走り、転げまわる人々の

髪の毛が燃える臭い

人肉が燃える臭い

あの臭いが記憶から消えてくれません。

 

日本は

戦争を知らない人ばかりになりました。

凄惨な記録写真に目を背け

悲惨な話に耳を塞いできた人たちが

日本も核武装しようではないかと言い始めた。

2度も原爆を落とされた日本人が核武装を…などという。

信じられません!

77年間の平和を踏みにじる言葉でしかないじゃありませんか!

 

8月になれば

平和憲法のもとで、平和が77年続いたことになるのです。

なぜ77年間 平和が保たれてきたのか

それを考えてみたい。

 

世界が

戦争を続けている限り

人類は

破滅の道を行き進んでいるのだということに気づかなければ・・・。

 

戦争を始めるのはひとりの独裁者

平和を望む世界中のみんなが手を繋いで

叡智と勇気で突き進めば世界平和は実現できると信じます。

 

むかし

夫を、我が子を、教え子を、戦場に送り出したくないと言う思いから、

母親と女教師が手を繋いて、「札幌市母と女教師の会」ができました。

1993年に

「札幌市母と女性教職員の会(母女)」と名称が改まりました。

 

娘の小学校入学と同時にその団体に所属し、活動しました。

加齢による年々の体力の衰えにより

活動は出来なくなりましたが、平和への思いは変わりません。

“虚仮(こけ)の一念岩をも通す”と言います

An honest effort can bring a big achievement!

 

戦場で兵士が命を懸けて守るものは

愛する人々ではなく、一部権力者の富と名声。

 

日本人として

77年という数字の重みを再認識し、

子や孫やひ孫

次世代に生きる人々が平和に暮らせるよう祈り

#戦争反対

#反核

の声を絶やさず

日本の平和の記録を伸ばしていくことは

世界平和への希望の礎(いしづえ)となる筈です。

 

 

ベトナム戦争のさなか1965年に、

「ベトナムの平和を願う市民の集会」のためにつくられた歌

 

#NOWAR

#戦争反対

#ウクライナに平和を

#STOPtheWARonCHILDREN

 

 

 

 

今朝の札幌の空は青かった

 

歩く道はまるで

苦難の人生そのもののような悪路

それでもこれは北国の春の訪れ

もうすぐ雪が溶けて

アスファルトをスキップして歩けるようになるのです。

私はスキップ

しませんけどね。ゲラゲラ