前記事では九州の火山について取り上げましたが、今回は長野県と群馬県の境界に位置する【浅間山】を取り上げます。浅間山は「M・A・R・K・S」の【A】です。
◆知人のご先祖様は・・
浅間山「マグマ水蒸気噴火」か(2015/6/17)
年上の知人(Nさん)から20年ほど前に聞いた話があります。それは浅間山に関した話なのですが、その切っ掛けからお話ししましょう。
(アグネス)
「Nさんの旧姓ってかなり珍しいけど、ご先祖さんは何処から来たのですか~?」
(※北海道はアイヌ民族が先住者で、本州から開拓のために移住してきた人々がいる)
(Nさん)
「うん、父さんの先祖ね。今の長野県あたりからやって来たって聞いてるわよ~」
(アグネス)
「北前船の関係で、北陸、東北出身の人は多いけど、中部地方からとは珍しいわね~」
(Nさん)
「浅間山の噴火が切っ掛けになったと聞いてるわよ~」
(アグネス)
「浅間山の噴火?活火山なのは知ってるけど・・・」
(Nさん)
「江戸時代に大噴火して溶岩が村に迫ってきたの。村人は神社の境内を目指したんだって。ところが、神社の何段目かの階段を境にして、助かった人と助からない人に分かれたのよ。ご先祖さんは助かった方なんだけど、それから色々あって村を離れて・・・最後は北海道に上陸したって、父さんから聞いてたわ~」
◆天明3年(1783年)浅間山大噴火
天明3年7月8日(旧暦)、浅間山は大噴火を起こしました。
このとき発生した火砕流によって、嬬恋村(旧鎌原村)では一村152戸が飲み込まれ483名が死亡したほか、群馬県下で1,400名を超す大きな犠牲者を出しました。
鎌原観音には、火砕流に追われ観音に逃げ込んだ村民の中で、母親をおんぶし階段を上ろうとし、途中で息が絶えた親子の遺骨の以下の写真が展示されています。
わずかに生き残った村民は、小高い丘に建つ鎌原観音堂に逃れるなどした93人のみでした(一部転載終了)。
(参考記事)浅間山(長野県魅力発信ブログ)
浅間山大噴火と鎌原観音、浅間山(wiki)
【鎌原観音堂石段ものがたり】群馬県嬬恋村
◆戸隠神社参拝と地蔵堂
【草津・信州の旅】戸隠神社(2)(2019/5/24)
2019年秋に群馬県~長野県を旅してきました。
戸隠山は活火山ではなく、400万年前から270万年前頃の新第三紀の海底火山由来の火成岩が、山体を作っていると考えられています。
戸隠神社は「天岩戸開きに功績のあった神々」をお祀りしています。天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、無双の神力をもって、岩戸を開いた天手力雄命が奥社の御祭神です。
(※地蔵堂は下方左)
ご朱印を頂くために並んだ際、宮司さんに質問してみました。
(アグネス)
「あのう、戸隠山はどれですか?ここから見えますか?」
(宮司さん)
「奥社の裏手にあるギザギザ尖った山が戸隠山ですよ~」
(アグネス)
「あぁ、あれですか!また、修験道の山としても有名ですが、開山したのは役行者だと聞いたのですが?」
(宮司さん)「うん、そうですよ~」
(アグネス)
「役行者が開山したということは、どこかに役行者の像があるのではないですか?」
(宮司さん)
「えぇ、ありますよ。宝光社を降りて行った先に地蔵堂というお堂があります。そこに役行者の像が安置されています」
【草津・信州の旅】戸隠神社(3)(2019/5/25)
(※左端が役行者像、真ん中が学問行者像)
そこで下山して、宝光社を目指しました。地蔵堂の中には入れないので、のぞき窓から写メしたのが上図です。
右端の背の低い仏像らしきものが、延命地蔵菩薩像と言って、弘法大師空海が開眼したと云われているそうです。
「あぁ、だから表の看板は『弘法大師 地蔵堂』なのね~」
なんだか中途半端な背丈だと思いませんか?
その理由は、地中に半身が埋まった状態だからで、天変地異が起きる時に全身を現すと言い伝えられているそうです。
つまり、天変地異の前に少しづつ地中からせり出し、そのうち全身が露出してきたら・・・(転載終了)
今のところ、浅間山を始めとした中部地方の火山に大きな変化は起きていないようですが、今後、空海さんが開眼した「延命地蔵菩薩像」に動きがあれば要注意です~![]()
なお、今年に入ってから【戸隠のサイン】が出されたのは、1/5、1/22、3/16、6/24、7/11(本日)です。それでは~![]()
★過去記事
公園「鬼押出し園」長野/旅行て寄りたい(旅チャンネル)









