トルコの海岸で発見された「ミノア噴火」の犠牲者(12/29)
青銅器時代後期にティラ(現代のサントリーニ島)が噴火してから3500年後、トルコ沿岸沖の津波の残骸から人間と犬の遺体が発見されました。(動画の要約)
ミノア噴火(Wikipedia)
紀元前1628年頃にエーゲ海のサントリーニ・カルデラにおいて発生した、海底火山の爆発的大噴火。
地中海で最大波高90mの大津波が発生したとの推定がある。アトランティス伝説や『旧約聖書』の「出エジプト記」(海が割れる奇跡の伝説)の元になったとの説もある。(引用終了)
3600年前の超巨大「ミノア噴火」、津波の犠牲者を発見(1/4)
約3600年前の後期青銅器時代、エーゲ海の火山島が噴火し、破壊的な津波を引き起こした。
その津波による犠牲者の遺骨が、最近になって、噴火したティラ火山(現在のサントリーニ島)から160キロ以上離れたトルコの海岸で初めて見つかり、12月27日付けで学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された。
史上最大級の火山被害をもたらしたと推定されるこの「ミノア噴火」は、火山爆発指数で「超巨大」の7に区分され(最大指数は8)、その規模は広島型原爆の数百万発分に相当するとみる専門家もいる。
深層海流と1万3000年前の記憶(2019/3/25)

津波の犠牲者は数万人と推定されるが、なぜかこれまで遺骨は見つかっていなかった。
恐ろしい災害の記憶は長い間語り継がれ、発生から1000年以上後になって書かれたプラトンのアトランティス伝説の下地にもなったと考えられている。
世界は聖書の預言どおりに動く~(4)(2021/8/2)
また、旧約聖書の出エジプト記に記されている10の災いも、この噴火によるものではと考える学者もいる。(中略)
ティラ島のすぐ近くにあるクレタ島を中心に海洋交易で富を築き上げたミノア文明は、ちょうど噴火が起こった時期から衰退を始めた。(中略)
◆犠牲者のない史上最大級の自然災害?
1883年にインドネシアのクラカタウ火山が噴火し、津波が発生した時には3万5000人以上が死亡したと推定されており、ティラ噴火でも同様の被害があったとされている。
ところが、これまでに発見されているのは、19世紀の調査でサントリーニ諸島のがれきの中で見つかった男性の遺骨一人分だけだった。最新の論文著者らは、この男性は津波ではなく地震で死亡していた可能性があると考えている。
そこで現在、その死亡時期や死亡時の状況、まだ研究に使えそうな遺骨が残っているかなどを確認するために、発見時の記録を調べている。犠牲者がほとんど発見されていない理由については、諸説ある。
この噴火の前に小規模の噴火が起こったため、住人たちはそこから既に避難していたという説や、超高温ガスで骨まで焼かれてしまった、ほとんどの犠牲者が海へさらわれた、また集団墓地に埋葬され、まだ発見されていないのだろうという意見もある。
「史上最大級の自然災害なのに、犠牲者が全くいないなどということがあるでしょうか」と、シャホグル氏は問う。
グッドマン・チェルノフ氏は、過去の津波の堆積物に研究者たちが気付かなかったのと同様、既に犠牲者が発見されているものの、津波とは別の災害に関連付けられていて気付いていないだけかもしれないと考えている。
今回チェシュメ・バウララス遺跡で発見された骨は、確かに津波の犠牲者のものであると、研究者たちは確信している。
若い健康な男性の骨格には、鈍器による外傷の跡が見られ、津波の堆積物の中でうつぶせに倒れていた。また、そのすぐそばの倒壊した玄関跡からは、イヌの骨も見つかった。
どちらの骨も、直接的な年代測定は数カ月先になるが、それらの周辺で発掘された遺物の放射性炭素年代は既に測定されており、男性とイヌもほぼ同年代であろうとみられている。
◆数日から数週間で津波は4度訪れた
研究者たちは、数日から数週間の間に4回の津波がチェシュメ・バウララスを襲ったと結論付けた。
これまでは、4段階のうちで巨大津波が1回だけ起こったと考えられていた。ところが最新の論文は、2段階、3段階、あるいは4段階の噴火全てが津波を引き起こした可能性があることを示唆している。
津波と津波の合間に、生存者たちは犠牲者や家財を探して、混乱した被災地の土を掘り返していたようだった。そのような形跡が、今回発見された男性の遺骨の真上にも残されていた。
しかし、穴を掘っていた人物は男性の遺体へたどり着く数十センチ手前で掘るのをあきらめていたようだった。
土を掘り返した跡があったということは、当時の人々が災害による犠牲者の遺体を回収して適切に埋葬しようとしていたことを示している。おそらく病気の蔓延を懸念して、集団埋葬を行ったのではないかと考えられる。
「これほどの規模の災害に犠牲者の遺骨が発見されていないことの理由が、これで説明できます」と、ベルギー、ルーバン・カトリック大学の考古学者ヤン・ドリーセン氏は言う。
◆議論を呼ぶ津波の年代
今回の研究では、9つの堆積物の放射性炭素年代が測定されたが、これが新たな議論を呼ぶ可能性がある。
これまで、噴火が起こったのは考古学的な調査から紀元前1500年頃(古代エジプト第18王朝期)と考えられていた一方で、サントリーニ島の灰の層から見つかった木の放射性炭素年代は紀元前1600年代半ば~後半と測定されていた。
この違いは、当時の地中海世界における異なる文化の年表を相互に関連付け、災害の前と後でどのような異文化交流があったのかを明らかにしようとする研究者にとっては厄介な問題だ。
今回測定された遺物のうち最も年代が古かったのは、男性の遺骨のそばで見つかった大麦の粒で、紀元前1612年とされた。
研究者たちは、噴火の時期がこれよりも早かったということはないだろうと言う。しかし、このやり方で噴火の時期を特定することに疑問を持つ外部の専門家もいる。
また、新しいデータは歓迎するものの、チェシュメ・バウララスでこれまでに発見されたもので年代の問題は解決しないだろうというのが一般的な見方だ。
噴火の時期や、それが青銅器時代の地中海世界にどのような被害をもたらしたかについて、疑問はまだ多く残されている。(一部転載終了)
「暦」を知る(2)(2018/1/5)

古代ギリシアの哲学者プラトンは「歴史とは循環するもの」と考え、その周期を36000年と試算した。これは「プラトン的転回」または「プラトン年」と呼ばれる。(引用終了)
【第38回】22を超えてゆけプロジェクトと「蔵王権現」(1/13)
ニビルの公転周期は3,600年

36,000年の10分の1が、ニビルの公転周期3,600年です。
「36,000は〈完全数〉の名で呼ばれることもあって宇宙の更新が行われる聖なる周期と考えられていた」
60×600=36,0000 シュメール文明は60進法です。
「あれ?AIKOさまの数靈っていくつでしたっけ?」
それでは~![]()
★過去記事
魅せられて(昭和54年 ジュディ・オング)















