「転校生」「時をかける少女」の大林宣彦監督が死去 | 新MUのブログ

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大林宣彦監督82歳 死去 「転校生」「時をかける少女」など(4/11)

「時をかける少女」などを手がけた、映画監督の大林宣彦さんが10日夜、肺がんのため亡くなった。82歳だった。大林さんは1938年、広島・尾道市に生まれ、1977年に「HOUSE/ハウス」で商業映画デビュー。


その後、自身の故郷を舞台にした「転校生」など、通称・尾道3部作などを手がけ、人気を集めた。(略)2016年に肺がんと診断され、余命宣告を受けたあとも映画を撮り続け、2019年、令和初の文化功労者に選ばれていた。(引用終了)

 

(関連記事)

大林宣彦監督が死去 映画「時をかける少女」「転校生」(4/11 日経)

 

 

10日夜、大林宣彦監督が肺がんのためにお亡くなりになりました。82歳でした。志村けんさんに続き「木偏」ですね。大林監督は尾道市出身です。「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」は‟尾道三部作”として有名です。心よりご冥福をお祈りいたします。

 

 

監督が息を引き取ったのは昨夜の午後7時23分です。前記事の冒頭でご紹介した、主人の口から「小津安二郎って誰だ?」が飛び出した件ですが、それは午後6時頃のことでした。

 

『東京物語』は、尾道市に住む老夫婦が息子たちの様子を見るために上京するお話なので、大林監督の訃報を知らせてくれた面もあるかもしれません。ただ、その場合は「転校生」「時をかける少女」というワードが飛び出すはずなので、「東京物語≒首都封鎖」で間違いないとは思いますが・・・夜の街

 

映画『時をかける少女』(Wikipedia)

 

1983年7月16日に公開された大林宣彦監督、原田知世初主演の日本映画。筒井康隆のSF小説『時をかける少女』の最初の映画化作品。

 

≪概要≫

土曜日の放課後。芳山和子は誰もいないはずの実験室で怪しい物音を聴く。中に入るとフラスコが倒れ、ラベンダーの香りが広がり、和子はそこで気を失ってしまう。その日から奇妙なデジャ・ビュに悩まされ始めた。授業も、地震や火事も、和子が前の日に経験したことばかり。言知れぬ不安に震える彼女を優しく支える深町一夫。彼は未来から来たタイムトラベラーだった!(BS-TBSより)

 

映画に見る「量子の世界」(5)『タキオン粒子』(2018/2/2)より

 

「転校生」は、ひょんなことから身体が入れ替わった幼なじみの男女を描いています。そうなりますと、『君の名は。』は、「転校生」+「時をかける少女」にも思えてきますね~桜

 

 

さて、1日の「22を超えてゆけ~謎の数式(1)」の続きを書かなければならないのですが、4日の「富士山噴火シミュレーションと今朝の夢」でご紹介した夢じゃないですが、構成をどうしたら良いものかと思案中です。うーん

 

ウン十年後の世界では、量子コンピューターが主流になっています。「時をかける少女」に登場する男女のように、タイムトラベル、テレポーテーションも夢物語ではなくなっていることでしょう。

 

 

タイムマシーンの原理は、時間をさかのぼるのではなく、空間の『位置』をずらすことなのです

 

『空間ずらしの奥儀』に必要なのは、幾何学図形、座標、角度、儀式と呪文、その人の周波数、波動・・・インカやマヤの人々が、ある日突然姿を消したのは『空間ずらしの奥儀』を知っていたからだと思いますよ。ではでは~UFO