≪存在とは関係である≫
内色(ないじき)定んで内色にあらず、
外色(げじき)定んで外色にあらずして、
互いに依正(えしょう)となる。
【現代語訳】
人間(内色)と環境世界(外色)のあり方は、人間が常に主であり、環境世界が常に従であると定まっているのではありません。それらは、互いに主となり従となる依存関係にあるのです。(『声字義』)
(社)日本貿易会より拝借
空海は、人間と自然は互いに主となり従となる相互的な依存関係にあるととらえています。つまり、人間が自然環境のあり方を決め、支配していると同時に、自然環境が人間のあり方を決め、支配しているということです。この言葉のいわんとするところは、「存在とは関係である」ということです。
環境問題を考えるとき、人間と自然とは別々の世界に生きている存在ではなく、互いに協力して作り上げている一つの世界を共に生きている存在である、ということを我々は大自然の真理・実相として認める必要があります。
この相互関係を、人間と人間のあり方、人間と社会のあり方に広げて考えると、人間は人と人との関係において人間であり、社会との関係において人間として存在している、あるいは人間となっている、ということです。
高度に合理化された現代社会はますます自己中心的になり、かつ精神的にそれぞれが孤独になっています。空海のこの言葉は、そういう時代に精神的な癒しを与えるとともに、人間は様々な関係の場の中でのみ人となっていくことを再認識させてくれます。(『日本人のこころの言葉・空海』)
(過去記事)東京にて(4)【孤独の街】(2018/4/24)
人間のせいで生物が絶滅する・・・自然界の危機は人類の危機


