やがて、教室のチャイムが鳴り、子どもたちはケタタマシイ声を張り上げている。先生は走り回る子どもたちを捕まえようとしている。子どもたちは、おもちゃを片づけたり、物を投げたり、片づけたすきからひっくり返す。
「みんな急いで教室に戻りなさい。早く!」と先生は言っておきながら、転んだ子どもに向かって「走るから転ぶのよ」と叱りつけている。この指示系統には、明らかに矛盾点があり、ここは無法地帯かと思うほど、騒々しさのボルテージが最高潮に達している。
そんなさなか、少女は粘土をきれいなまんマルにまとめて、無表情のまま帰り支度をしているが、ふと気がついたように手を止めた。
「ねぇ、お願い、わたしを未来に連れて行って」
少女はマヤの服をつかみ、真剣な表情で見あげている。
「ごめんね、マヤちゃん。それは無理なの。できないのよ。でも、どうして未来に行きたいの?」
「・・・だって」
少女は下を向いたまま、しばらく黙り込んでいた。そして、目にいっぱい涙をためながらマヤのことを見つめると、心の底から振り絞るような声を出す。
「見てよ。なんでわたしが、こんな子どもたちと一緒に、幼稚園児をやらなくちゃいけないの?先生も大人たちも、みんなみんな子どもじみてる。ここはわたしの居場所じゃない。ねぇ、お願い。未来に連れて行ってくれないなら、生れた星に連れて帰ってよ。この星で子どもを生きるのは、苦痛でしかないんだから・・・」
マヤは思わず、少女を抱きしめていた。
「マヤちゃん、ありがとう。あなたが、この星で生き抜いてくれたから、未来のわたしは存在しているのよ。マヤちゃんは、未来のわたしの中で生きている。ずっと一緒に・・・。わたしはどんなことがあっても、あなたの味方だから大丈夫・・・」
窓辺には穏やかな陽射しが差し込んでいた。その光は薄いヴェールのようになって闇を包み込み、見るものすべてがキラキラと輝きを放っていた。少女の柔らかい髪をなでながら、未来のマヤはこう言うのだった。
「ねぇ、マヤちゃん、いいことを教えてあげようか。大人になると、粘土が硬くなるように、心も、体も、頭も感性も、みんな硬くなってしまうの。子どものうちは、柔らかい粘土みたいに、どんな形にも自由になれるんだよ。だからマヤちゃんも、柔らかい、ふわふわの粘土のうちに、色々なことをやってみようよ」
「へぇー、人間って粘土みたいなんだね」
少女は顔をあげて、好奇心に満ちた瞳でこう尋ねるのだった。
「ねぇ、未来はどんな世界になっているの?」
「そうね・・・マヤちゃんみたいに、宇宙のお話を覚えている子どもたちが、もっともっとたくさんいるのよ」
「そうなんだあ。未来も捨てたもんじゃないのね。じゃあ、もう少しここにいてみてもいいかな・・・未来のお姉ちゃんのためにもね」
少女は大人びた言葉を発しながら、粘土を半分にちぎり、小さな手を差し出している。
「・・・え?マヤちゃんの大事な大事な粘土をくれるの?」
「そう、未来のわたしに粘土をあげるの。粘土がね、どんどん小さくなっちゃうのは、未来の人に分けてあげるからなの」
「・・・」
「今のわたしは未来に行かれないけれど、粘土は未来に行かれるかもしれないでしょ。これは実験」
「OK、実験してみよう。実験結果は、21世紀にね」
粘土を受け取り、立ち去ろうとすると、少女は慌てて呼び止めて、最後にこう言うのだった。
「ねぇ待って!まんマルが、どうして龍になったか、わかったよ!まんマルはね、宇宙を半分、未来に分けてあげたの・・・」
少女の瞳は全くぶれることなく、はるか未来の一点を真っすぐに見つめていた。次元の扉からキラキラと微細な音が聴こえている。
・・・未来でまた会いましょう。
・・・きっとだよ。
少女に別れを告げて、再びもとの座標軸へと戻ってゆく。
以上、「宇宙の羅針盤(上)」から転載しました。(次回へつづく)




