【高野山・関西の旅】交野ケ原に広がる天空の地上絵(2) | 新MUのブログ

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2014年11月末をもって閉鎖した【MU(ムー)のブログ】の管理人です。
その節はお世話になりました。以前は時事問題を主に取り上げ
ましたが、各種事情により少しセーブします~♪

星田妙見宮(小松神社)

 

磐船神社、機物神社の次は「星田妙見宮」です。今回の旅の最後の訪問地です。長くなるので2回に分けてお伝えします。

 

 

大阪府交野市星田に鎮座する神社である。正式名は小松神社である。別名は星田妙見宮天之御中主大神を主祭神とし、高皇産霊大神・神皇産霊大神を祀る。祭神は、江戸時代までは、仏教では北辰妙見大菩薩、陰陽道では太上神仙鎮宅霊符神であるとされた。(以上、wikiより)

 

星田の降臨伝説 

 

弘仁の頃(810~824)、空海(弘法大師)が京都から私市村観音寺に来られ、滞留されました。その折、虚空蔵菩薩求聞寺の法を修行されて、成就されたその夜の暁、仏眼仏母尊の大光明が放たれました。

 

 

その出現の尊を尋ねられると、獅子窟山吉祥の獅子の岩窟の仏眼尊だと分かりました。空海がこの岩窟に入り、仏眼尊の秘法を正しく唱えられました。

 

 

すると天より七曜星(北斗七星)が降臨され、擁護してくださいました。その七曜星降臨の地が妙見山(星田妙見宮鎮座の場所)、光林寺境内の森星の森であります。

 

八丁三所(はっちょうみどころ)交野市HPより

 

この三ヶ所は一辺が八丁(880m)の正三角形の形をしている事から、俗に「八丁三所」、星の聖地と言われるようになりました。以来、これらの石を影向石(ようごうせき)として祀るようになったと言われています。

 

星田妙見宮の三大祭典

 

5月18日と七夕に意味があった?(2)(216/7/14)より

北斗10

「人は星のもとに生まれる」といいますが、 人にはそれぞれ、生まれた年によって定まる「本命星」というものがあります。真言宗では、北斗七星を形成する七つの星(貧狼星、巨門星、禄存星、文曲星、廉貞星、武曲星、破軍星)を「本命星」といいます。(引用終了)

 

七星如意輪観音曼荼羅(神社内に掲示)

 

2016年7月の上記記事で「本命星」について取り上げましたが、新しい読者の方は初めてでしょうから、この際、ご自分の本命星を知っておきましょう。星

 

ただし、星は立春(節分の翌日)より新しくなり、翌年の節分までが1年となりますから、1月1日から節分までに生まれた方は前年の星が「本命星」となります。星田妙見宮の看板ではその注意書きはありませんでしたので、申し添えておきます。

 

 

星田妙見宮の本殿までは、結構な石段を昇ることになりますが、「七曜巡り」ができるようになっていまして、楽しみがあります。星空

 

貧➡巨➡禄➡文➡簾➡武➡破・・・上図の北斗七星の順番になっています。例として「巨門星」を撮影してきました。

 

 

これにて、星田妙見宮の前編を終わります。次回で「高野山・関西の旅」の最終回となりますが、ちょっとビックリポン!かな?気がついた方もおられるかもしれませんが・・・秘密