NYで撮影された三日月(右)と明けの明星(中央)AFPより
フリーメーソンの思想的背景にはイルミナティの存在があった①
悪魔の祝祭日に生まれたイルミナティ
フリーメーソンとは何か?これが当のフリーメーソン内部で問題となったことがあった。
1782年の夏、ドイツ、ハーナウ市郊外のヴィルヘルムスバードに、全ヨーロッパのフリーメーソンの幹部が集まって会合が開かれた。このとき、真っ先に提示されたのは、「フリーメーソンの真の目的は何か?その起源はどこか?」というものだったのだ。
アドルフ・フォン・クニッゲ男爵
そこで高らかに、こう宣言した人物がいた。
「諸君の求めるフリーメーソンの秘密は、わがイルミナティにある!」 アドルフ・フォン・クニッゲ男爵である。
「イルミナティの団員たちはフリーメーソンより崇高で、より神秘的なものを与えられる。フリーメーソンの奥義である封印されている秘伝は、わがイルミナティにある」
このクニッゲの宣言によって、フリーメーソンの幹部たちはたちまちイルミナティの原理主義者になってしまった。彼らはロッジに戻るとイルミナティ式の教義、理念を取り入れた。こうしてフリーメーソンに、イルミニズムが注入されたのである。
つまり・・・フリーメーソンの上層部は、イルミナティの支配下に落ちたわけだ。本来、人畜無害であった紳士のサロンが、陰謀を企む秘密結社と見られるようになったのは、このころからなのである。
イルミナティの創始者アダム・ヴァイスハウプト
では、「わがイルミナティ」とは何なのか?
1776年5月1日、アダム・ヴァイスハウプトという27歳の元大学教授が、5人の仲間たちと立ち上げたのがイルミナティだ。日本では啓明社とも訳された。
アダム・ヴァイスハウプトは、インゴルシュタット大学の教会法学の教授だった。ここはイエズス会の制度、法律を学ぶ場所だったが、ヴァイスハウプトはイエズス会に徹底的に反発し罵倒。そのため彼は大学を追われるが、ユダヤ系銀行家たちの出資のもと、「理性と人間の敵に対抗する同盟」として、イルミナティを立ち上げた。
イルミナティとは【光に照らされたもの】を意味するラテン語だが、理想はフリーメーソンと同じといっていい。ただしイルミナティはより秘密性を保ち、攻撃的で、団員も厳選されていた。また、イエズス会のみならず、キリスト教を破壊することにも目的が向けられた。
堕天使となったルシファー
5月1日の創設は、これを暗に示している。この日は悪魔王ルシファーが地獄から地上に甦り、太陽に代わって地上を照らすベルテーン祝祭日なのである。
同時にヴァイスハウプトの著作『ノブス・オルド・セクロム』も出版された。米1ドル札に書かれるこのラテン語は、時代の新秩序という意味であり、全体主義体制のことを指す。
米ドル札に描かれた「NOVUS ORDO SECLORUM=新秩序」という意味のラテン語(オレンジ傍線部分)
ヴァイスハウプトはいう。
「われわれは人類の幸福を守ることを約束する。そのためには、人民を無知や迷信から解放しなければならない。われわれがこの集まりを啓明(イリュミナリオン)とするのは、その目的を達する手段が啓明だからである。啓明は、疑わしい来世を信じるより、現世に光明を与えることを成し遂げる者である。それは、偽善、迷信、無知、偏見の暗雲を追い払い、理性の太陽によって、知性に光明を与えることを意味しているのだ」
この企みは危険視され、ローマ・カトリック教会や各国の王政はイルミナティを激しく弾圧。1787年8月、バイエルン政府によってイルミナティは解散させられ、新たな活動や新会員の勧誘が発覚すれば、死刑に処すると公布された。
同時にフリーメーソンも危険視され、多くのロッジが閉鎖・合併し、一時はその勢力も衰えた。
これが、モーツァルトの生きた時代のフリーメーソンであった。イグナーツ・フォン・ボルンは、イルミナティが解散させられる1年前に脱退している。彼は、信じていた善なるフリーメーソンが、悪となりはてたことを察知していたのである。(次回へ続く)
「月刊ムー5月号」より転載
ルシファー(Wikipedia)より引用
明けの明星を指すラテン語であり、光をもたらす者という意味をもつ悪魔・堕天使の名である。正統キリスト教、特に西方教会(カトリック教会やプロテスタント)において、堕天使の長であるサタンの別名であり、魔王サタンの堕落前の天使としての呼称である。
「宇宙船 天空に満つる日(5)」より
≪悪名≫
彼らの名は「オリオン」と「ルシファー」である。彼らは元々は、神から重要な使命を受けた天使であった。その天使が、なぜ「悪なる存在」となってしまったのか?
オリオンは、「物質(陰)欲により神の愛と潤いを人類に与える使命を持った天使」 、ルシファーは、「心(陽)を語って神の愛と潤いを与える使命を授かった天使」
神(宇宙創造主)を信じ切って、「解決の場」を待てばいいものの、オリオンとルシファーは試練の場において、呑気を失い、何かせねばならないという「苛立ちの心」が生じた。この苛立ちと焦りから、彼らは神の霊感を失い、「自我の愛」が生じた。
こうしてオリオンは、自我欲のままに人類に物質を語り、地球は現在のようになってしまった。一方のルシファーは、自我の愛から来る人類支配、宇宙支配の欲望を達成するために「神の御名」を利用し、その霊感を受けた多くの宗教家、指導者たちも「神の名」に自分と組織を都合よく織り交ぜて使うようになった。
だが、もとはといえば、我々人類の心の中に、オリオンやルシファーに呼応する自我欲が潜在していたからである。オリオン、ルシファーは、人類に潜む「我欲の心」を徹底的に引きずり出したので、現在の地球文明は、物質的、精神的にも歪んだ姿になったのである。
(過去記事) 宇宙船 天空に満つる日(10)




