聖徳太子ゆかりの地を訪ねる旅(5) | 新MUのブログ

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2014年11月末をもって閉鎖した【MU(ムー)のブログ】の管理人です。
その節はお世話になりました。以前は時事問題を主に取り上げ
ましたが、各種事情により少しセーブします~♪

叡福寺10
   叡福寺(手前が駐車場で南大門をくぐると境内)

叡福寺(Wikipedia)                    

大阪府南河内郡太子町にある仏教寺院。聖徳太子の墓所とされる叡福寺北古墳(磯長墓〈しながぼ〉)があることで知られる。山号は磯長山(しながさん)、本尊は如意輪観音である。開基(創立者)は、聖徳太子または推古天皇とも、聖武天皇ともいわれる。宗派は真言宗系の単立寺院で、太子宗を名乗る。(引用終了)

叡福寺13

四天王寺を後にした私たちは、阿部野橋駅から近鉄南大阪線で喜志駅に行き、そこからタクシーを使い叡福寺に到着しました。叡福寺を訪れた目的は、聖徳太子、太子の母・穴穂部間人皇女、太子の妃・膳部菩岐々美郎女が埋葬されているからです。

叡福寺01
    中央に「二天門」、右手にレクサス&クラウン
叡福寺02
      手水舎とセンチュリー(重要人物が乗車)

境内に入ってすぐに主人が、「オイ!SPが立ってるぞ!黒塗りの車三台はセンチュリー、レクサス、クラウンのハイブリッドだ。名のある人物が来ているようだな・・・」

(さとみさん&アグネス)「えぇ?!(@_@) 一体誰かしら?」

(主人)「アベでも来てるのか?」

(アグネス)
「さすがにそれはないわ~。アベさんならSPの人数がもっとあるし・・ダライラマだったりして?」

(さとみさん)「ダライラマですか!(@_@)」

(アグネス)
「白山には2年ごとにお忍びで来てるらしいから・・・冗談だけどね!」

叡福寺09
  聖徳太子御廟(宮内庁管轄なので十六菊花紋)

レクサスとクラウンが写っている写真の中央に見えますのが「二天門」です。その奥に「聖徳太子御廟」があります。つまり、冒頭の写真にあります「南大門」⇒「二天門」⇒「聖徳太子御廟」は一直線に並んでおりまして、その間をさえぎる建物は一切ありません。

聖徳太子御廟の方から大勢の読経の声が聞こえていました。私たちは重要人物が参詣していないのならば、すぐに聖徳太子御廟に行くつもりでしたが、なにせSPがいるものですから、龍の手水舎前にあるベンチに座り様子をみることにしました。

トイレに行くついでに思い切ってSPさんに尋ねてみました。

(アグネス)「あのう・・・どなたがいらしているのですか?」

(SP)
「はい、叡福寺さんとは宗派は違うのですが、私どもは比叡山延暦寺から来た者です。他宗では管長といいますが、天台宗では最高位の者を【座主】といいまして、この度座主が新しく就任しましたので、お太子様に就任の挨拶に参りました。」

(アグネス)
「比叡山延暦寺さんですか!まぁ!では、四天王寺にも行かれたのですか?」

(SP)「はい、四天王寺からこちらに来たばかりです~」

早速、このやり取りをさとみさんと主人に報告しました。

(さとみさん)
「えぇ!比叡山ですか?!それも四天王寺からとは私たちと同じじゃないですか・・・ミラクルやぁ~♪」

【訃報】半田孝淳さん98歳=天台宗座主(2015/12/14)

天台宗(総本山・比叡山延暦寺)の座主(ざす)、半田孝淳(はんだ・こうじゅん)さんが14日、心不全のため死去した。98歳だった。(中略)半田さんの死去により、後継の第257世座主に14日、森川宏映探題(90)が就任した。(引用終了)

叡福寺03

上の写真は、お弟子さんに両脇を抱えられながら二天門から降りてきた森川座主が「南大門」と「聖徳太子御廟」を結ぶ線の西側に建てられている【金堂】の前に移動し参詣している写真です。【金堂】には本尊の如意輪観世音が祀られています。

如意輪観世音は、空海の恋人でないかと言われております真名井御前(如意尼)が兵庫県西宮市甲山山麓に開いた【神呪寺】と本尊を同じにしています。

(参考)神呪寺(Wikipedia)

叡福寺11
            空海像
叡福寺04
  センチュリーの後に写っていた藤棚 

なお、延暦寺の黒塗りの車のフロントグリルにはしっかりと【十六菊花紋のエンブレム】が貼り付いておりました。この辺はさすがに車に関しての知識が豊富な主人の出番でございましたた。     

さて、思わぬところで天台宗総本山である比叡山延暦寺の新座主にお目にかかったわけですが、これでビックリポン!な出来事は終わりではありませんでした。

それは翌日に待ち受けておりました。お楽しみに~♪

【チーム・アグネス情報掲示板】
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