その車椅子に乗った人物・・・柊也の実の父親である中垣忠雄さんは、私にとって、もう既に本当の父親同然の人。

結婚が決まってからは ”お義父さん” と呼ばせてもらっていて、お義父さんも、私のことを ”美生” と呼んでくれる。

お義父さんの膝に敷かれた白いハンカチの上には小さな写真たて。

写真に写る響子さん・・・私のお義母さんになっていただろう人の笑顔も、とても眩しい。

その笑顔を見て思う。

お義母さんも、きっと私たちのことを祝福してくれているに違いないと・・・。

3年前の夏に自分が ”脊髄小脳変性症” という病気だということを告白したお義父さんの病状は、あれから少しずつ進行していった。

カフェ・クレッシェンドでのピアノの演奏に限界を感じたお義父さんは、マスターや常連のお客さんたちに惜しまれながらも、演奏を辞める決断をした。

それは長い間、ピアノと共に歩んできたお義父さんにとって、想像を超えた苦しい決断だったに違いないと感じ、私の心は痛んだ。

現在は歩行にも危険が及ぶようになり、車椅子を使用し、

自分の力で生活をすることが不可能になったお義父さんは、介護施設で生活をしている。

言語は、まだ、しっかりとしている。

お義父さんは、自分の運命を受け入れ、前向きに生きようとしている。

介護施設にいても、厳しいリハビリにも堪え、自分の身の回りのことは、自分で出来る限りに努力し、生きることに対し、とても積極的だ。

それが却って、お義父さんの病状の進行を遅らせているのかもしれない。

普段は買い出しの時に、マスターが介護施設に足を運んでくれて、お義父さんの話し相手になってくれている。

マスターは、お義父さんにとって、かけがえのない親友。

だからお義父さんは、寂しいなんて感じる暇などないって笑ってる。

・・・とはいえ、私も、柊也も時間が出来た時に、お義父さんのいる介護施設には、出来るだけ足を運ぶように心掛けている。

でも柊也とはスケジュールが、なかなか合いずらくって、

柊也と私、それぞれ一人で面会に行くことの方が多かったけれど、2人揃って面会に行けることがあると、お義父さんは、とても嬉しそうな顔をする。

その理由は、介護施設のホールを借りて、私と柊也が演奏会を開くことを、楽しみにしてくれているから・・・。

もちろん観客はお義父さんだけではない。

介護施設にいる介護者の人たちや、そこで仕事をしている介護福祉士の人たち、ケアマネージャー、栄養士の人たちまで、私たちの演奏に耳を傾ける観客になる。

私たちの演奏は ”長生きして、もっと聴きたい” ”幸せな気持ちになる” ”疲れがとれる” と、とても評判が良くって、介護施設の専属演奏者にと、私たちはお願いされた。

そう・・・私たちの夢の原点は、ここからだった。

日本を始めとする、世界の各国で演奏会を開き、私たちの演奏が、肉体的にも、精神的にも、疲れた人たちを癒すことができたなら、明日への希望を信じて生きていこうという力の源になってくれたなら・・・・。

なんて素晴らしいだろうと、私も柊也も夢を実現させる決心をした。

私たちの夢に、お義父さんも賛成し、昔の音楽家仲間に連絡をとってくれたりと、応援してくれている。

「 美生ちゃ~ん、柊也く~ん! 」

しばらくお義父さんと見つめ合っていた私は、その声の主の方に目を向けた。

千春お義姉ちゃん!!

彼女の傍には、もちろんお兄ちゃんも寄り添っている。





私の兄である山下礼司。

実家に顔を出すたびにママから、 ”本当に礼司は、20代の頃のお父さんにソックリになったね” と言われ、お兄ちゃんも満更でもない表情をし照れている。

そんなお兄ちゃんは、大手の企業に就職して、この春から6年目を迎える。

開発部に所属している、お兄ちゃんは、2年前に独自で考えたアイデアが採用され、企業に大きな功績を与える要因を作った。

不景気な現代、それは大きな躍進へとつながり、お兄ちゃんは27歳という若さで、開発部の課長補佐へと昇進した。

仕事は順調に進み、お兄ちゃんのアイデアは生かされている。

お兄ちゃんが、こうして思い存分に仕事が出来るのは、

きっと千春お義姉ちゃんの内助の功なのかもしれない。

山下千春。

お兄ちゃんの妻であり、私の義姉。

お兄ちゃんとは高校時代に同級生として知り合う。

そして高校2年生の時から付き合い始め、今に至っている。

千春お義姉ちゃんは、亡き父親の職業だった科学者を目指すため博士号を取得し、4年の課程を経て、1年前に大学院を卒業した。

ところが千春お義姉ちゃんの専門分野に合う研究所が、いくつか見つかっても、様々な事情などで、どこからも内定がもらえなかった。

それは俗に言う ”学歴難民” というものなのか?

高学歴でありながらも、就職に就けないという理不尽なことが、なぜか、この世の中にはあるということを、初めて私は知った。

千春お義姉ちゃんは気丈に振舞っていたけれど、空元気だということが一目でわかり、痛々しく思えた。

そんな現状の中でも、千春お義姉ちゃんは諦めず、昔、父親の同僚だった科学者が所長をしている研究所を尋ね、見事に内定を射止めることができた。

でもパパやママ、お兄ちゃん、私、柊也が喜んでいた矢先に、千春お義姉ちゃんの妊娠がわかった。

もちろん千春お義姉ちゃんは出産を選び、内定が決まった研究所を諦めていたんだけど、幸運なことに研究所の所長は、千春お義姉ちゃんの父親には、大きな恩恵があるらしく、就職は何年でも待つと言ってくれたとのことで、私たち家族は安堵の息を漏らした。

そして現在、お兄ちゃんと千春お義姉ちゃんの間には、もうすぐ6ヶ月になる可愛い姫がいる・・・名前は ”千香也” (ちかや) 。

今年の10月には1歳の誕生日を迎える。

千香也が生まれてから、お兄ちゃんは変わった。

クールなはずなお兄ちゃんの頬は、いつも弛みっぱなし!!

でも、そんなお兄ちゃんも、とても素敵だと、私は思う。

今、とても幸せなんだね・・・お兄ちゃん。

おまけに・・初孫である千香也に、パパもママもメロメロで、とても甘い。

明らかに私やお兄ちゃんを育てていた頃とは違う!

千香也は、千春お義姉ちゃんに似た大きな目をクリッとさせながら屈託なく笑う。

私と柊也は、その天使のような笑顔に、いつも癒される。

千香也は、私たち家族のアイドル!!

まだ ”叔母チャン” なんて呼ばせない!

今日の千香也はピンクのベビーワンピースを着た素敵なレディになり、千春お義姉ちゃんに抱っこされ、私と柊也に、可愛い笑顔を向けている。

千香也!!

もうすぐ・・ ”いとこ” ができるんだよ。

11月になったらね・・・・。

私は自分のお腹に、優しく手を触れた。

そう・・・私のお腹の中には、既に愛する柊也の赤ちゃんがいる。

妊娠に気付いたのは、挙式の一ヶ月前だった。

一時、挙式を延期にしようかとも考えたけれど、私の意志で予定通りに決行した。

悪阻も重くはないし、定期健診も順調なので、医師からの許可も得ているけど、一応、ローヒールの靴を履いて、転ばないように、疲れないようにと気をつけている。

そんな無謀な私の事を、ママは朝から、ずっと心配し、気遣ってくれていたのだ。

パパもママも、お義父さんも・・・赤ちゃんの誕生を心待ちにしてくれている。

柊也は、私に似た女の子が欲しいと言っているけれど、

私は、柊也に似た男の子の方がいいな。

でも、それは二の次のこと・・・。

無事に元気に生まれてきてくれることを、私も柊也も切実に願っている。

そして・・・過去に、もう一つの命も灯っていたことも、絶対に忘れてはならない。

寺院で眠る、愛おしい我が子 ”結生” 。

結生を育てる気持ちで、生まれてくる赤ちゃんを育てていこうと、私は誓った。





私と柊也の近くに、女の子たちが群がってきた。

女の子たちの瞳は、とてもキラキラしている。

いよいよブーケトスの時が来たのだ。

私は3年前の、お兄ちゃんと千春お義姉ちゃんの挙式の時を振り返った。

”あの頃の私” は、恋することを忘れてしまった感情のない人形の様だった。

千春お義姉ちゃんの投げたブーケをキャッチできた・・・という喜びよりも、

どうして私が?・・・という気持ちの方が強かった。

でも今は、あの時、ブーケをキャッチできたことを、幸運に思っている。

”運命の人” ・・・柊也に巡り会うことができたから・・・。

今、私は・・・私たちは、こうして晴れの舞台に立つことが出来た。

”あの頃の私” は、こんな日が来ることを、想像もしていなかっただろう。

愛する人の存在があることって、なんて素晴らしいんだろうと思う。

だから私の投げるブーケは ”あの頃の私” と似た境遇の女の子に受け取ってもらいたい。

・・・もう人を愛することなんてない・・・と思っている女の子に・・・。

運命の人がいるってことを信じてほしい。

絶対にあなたにも幸せを掴む権利があるから・・・・。

私は女の子たちに背中を向け、投げる態勢を整えると、

”あの頃の私” に届け!!と、心の中で強く叫び、思いっきりブーケを投げた。



~終~


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