看護師の山田さんに呼び止められたオレ。
涙ぐんでいる、山田さんに、ただ事ではないものを感じて
「 山田さん、どうしたんですか? 」
「 レンくん、それにミオちゃんも一緒に
話したい事があるの。
私は午後から仕事がないので
時間を取らせてもらってもいいかな? 」
山田さんが、オレに話したいことって一体?
オレには全く思い当らなかったが
山田さんの真剣な表情に、話しを聞くことを承知した。
診察の会計を済ませた後、一緒に昼食を食べながらでも・・・と言う
山田さんの指定通り、院内のレストランで
ミオと一緒に待っていると、しばらくして私服の山田さんが現れた。
「 遅くなってごめんなさいね 」
謝りながら、山田さんは、オレとミオの正面に座った。
めいめいに昼食を注文した後、山田さんは
「 レンくん、ミオちゃん・・・・。
これから私が話す事を聞いてね。 」
山田さんは確認するかの様に念を押し、
オレとミオの様子を察しながら話し出した。
「 私が看護学校時代から親しくしている親友がいるの。
彼女は、明るくって気立てが良く、人を惹きつける魅力がある人で
とても美しい人でもあったわ。
看護学校を卒業してからも、一時、電話や手紙で通じていて
いつの間にか、疎遠になってしまったけど
また再会したのよ。
彼女は救急車で、この病院に運ばれ、入院した。
私には、すぐに彼女だって、わかったけれど
もう彼女には昔の輝きは消えていたわ。
苗字が変わっていたので、結婚しているとは思っていたけど
彼女は私生活を、あまり詳しく話したがらなかった。
お見舞いにも、誰かが来ているのを見たことがなかったので
私は彼女に、言いようのない孤独を痛いほどに感じていたし
随分と辛い思いや苦労をしてきたって察したわ。
だから私は、看護師としてでなく、彼女の親友として接してきた。
今も、彼女は、この病院に入院しているの。
今までも入退院を繰り返していたわ。
レンくん・・・・あなたが怪我をして入院していた時
レンくんの顔の雰囲気が、その彼女に似ているような気がして
ある日、彼女に
《 最近、外科に若いイケメンの男の子が入院したのよ。
それが、あなたにどこか似ているの 》 と
世間話をするような感じに、さり気なく何も考えずに言ったの。
最初は彼女も何気ない顔をして、聞いていたけれど
更に、私はレンくんの身体を拭いていた時に
見つけていた左肩の後ろの、
珍しい形の痣が印象に深かったので
その痣のことも話したわ。
そしたら彼女の顔色が急に変わって
《 その男の子の名前は? 年齢は? 》 って必死に聞いてきたわ。
その時、私はレンくんの苗字が、彼女の旧姓と同じだということに
気付いた。
私が名前と年齢を教えた途端、彼女は泣き崩れた。
泣いている彼女から訳を聞いて
私は驚いたわ。
レンくん、もうここまで言えば、察しはついてるわよね?
彼女は・・・・礼華(あやか)は・・・・レンくんのお母さんなのよ。 」
山田さんが話してくれた事実が、オレには信じられなかった。
《 礼華 》 紛れもなくオレの母親の名前だった。
オレの母親が、こんなに近くにいただなんて?!
「 山田さんの事を責めるつもりは、全くないけど
どうして教えてくれなかったんですか? 」
思わず聞いてしまったオレに
「 ごめんなさいね。
それは礼華に止められていたの。
《 19年前に、スナックで知り合った男性と駆け落ち同然な事をし
挙句の果てに捨てられて以来
惨めな人生を歩いて来た自分が
今更、どんな顔をして会えばいいの?
自分が幸せになる事ばかりで、あの子を捨てた私は
もうあの子の母親には戻れない 》 って
礼華は私に泣きながら言っていたわ。
いくら私が説得しても、礼華は断固として承知しなかった
その代わり入院している間のレンくんの様子を
毎日、教えてほしいと言ってた。
レンくんの事は勿論のこと、ミオちゃんという大切な子がいる事、
2人の様子を、私は毎日、礼華に話すと
礼華は嬉しそうに目を細めて聞いていた 」
ここまで話すと、目頭を押さえて耐えられない様子の山田さんは
それでも更に言葉をつないだ。
「 今日、レンくんとミオちゃんの幸せそうな姿を見て
正直に私は迷ったけれど
礼華が何と言おうが、レンくんとミオちゃんを
会わせたくなった。
礼華はもう長くないのよ。
だから会ってほしい。
せっかく近くにいる事を知っていて、会わせないまま
礼華を逝かせてしまうことは、礼華にとっても、レンくんにとっても
不幸なことだって思えてしまって・・・・。
幸せなレンくん達の姿を、礼華に直接に見せて安心させて
逝かせてあげたいって思ったの・・・。 」
山田さんは、もう泣いていた。
オレの心は複雑だった。
会いたくないわけではない。
ただ物心ついてから、母親に接した記憶が
ほとんどないに等しかった、オレ・・・。
どんな顔をして会ったらいいのだろうか?
何を話せばいいのだろうか?
母親は、そんなオレに向き合ってくれるのだろうか?
そんなオレの心の中を見透かすようにミオは
「 レン・・・。
その人は自分の身を削って
レンの事を生んでくれた、お母さんなんだよ。
一度、レンのことを捨てたことは事実でも
きっと、それを痛いほどに、何度も後悔していたはず・・・。
何よりも、誰よりも、レンの事を大切に思っているのは変わらない。
《 母親には戻れない 》 《 会わない 》 なんて言ってはいても
心の底では、とてもレンに会いたいに違いない。
本当の親子の間でしかない空気や感覚ってあるものだって思う。
だからレンは何も考えずに
ありのままなレンで会えばいいと思うの。
レンがお母さんの事を愛している、お母さんに愛されたいという
気持ちがあれば
それで充分・・・・・・。 」
オレを励ましながらも、やや自分も涙声になっているミオに
「 ありのままなオレ?
オレの愛する気持ち?
愛されたいという気持ち? 」
「 そうよ。レンくん。
ありのままなレンくんでいいのよ。
会えば、きっと礼華だって
レンくんを受け入れてくれると思うわ。
だから怖がらないで・・・。
今、精神的にも弱くなっている、礼華に
レンくんの方から、心を開いて、受け入れてあげて 」
泣きながらもオレを説得する山田さん。
2人に背中を押され・・・。
オレは、やっと母親に会う決心をしたが、まだ心は揺れたままだ。
そして・・・オレは、こんなことにも気付いた。
人見知りの激しいはずなオレが
初対面だった山田さんに、どうしてすぐに心を開く事ができたのか?
それはオレの母親にとっても
きっと山田さんは、ホッとできる存在だからではないだろうか?
母親の山田さんへの安心感が、山田さんを通して
オレにも伝わっていたのでは?
オレは母親とのつながりを、改めて感じていた。