ミオは自分のお腹が大きくなるにつれて、
少しづつ母親になる実感が湧いてきているようで
お腹の中の赤ちゃんに
「 生まれたら、パパとサッカーできるね!
パパに、いっぱい教えてもらえるよ。 」 等と
よく話し掛けている。
男の子だってわかっているような口調のミオにオレは
「 産科で調べてもらったの? 」 と聞くけれど
「 そんな気がするだけ・・・ 」
ミオは微笑むだけだった。
だんだんに母親っぽくなっていくように見えるミオを
どうしてもオレは自分を捨てた、実の母親に重ね合わせてしまう。
看護師の資格を持っていて、
オレが生まれる前まで、福島県郡山の大学病院で働いていた母親。
父方の親戚に何度も聞かされた話しだが
オレの父親でもある、夫を事故で亡くしてからは
一つの場所に落ち着いて居られない性分の母親は
オレを連れて、知り合いや親戚を頼り、いろんな所へ移り住んでは
生活費の糧にしたいからと
本来、母親が持っていた、美貌と若さと人を惹きつける能力を
生かした夜の接客業をして働いていたらしい。
物心ついたオレは毎晩、その控え室みたいな所で寝泊りし
朝方には家に帰っていた事を覚えていた。
オレが朝型人間なのは、その影響からだったのだろうか?
そしてオレが5歳の頃
長野県安曇野に落ち着いてからも
変わらずに夜の仕事をしていた母親だった。
でも、その頃、大切な用事があるからと、
近くに住んでいた、父方の親戚にオレを預け
翌日に
「 いつか必ず迎えに行きます。 」 と電話をしてきて
親戚にオレを託したらしい母親・・・・。
そして二度と迎えに来ることのなかった母親・・・。
あれから19年・・・・オレは一度も母親に会っていない。
母親は、とても美しかったらしいが
その母親の顔を思い浮かべようとしても、のっぺらぼうなまま・・・。
面影すら覚えていなかった。
オレが母親に捨てられた事実は、変わる事はないが
今、思うと、小さなオレを抱えて、
想像も出来ないくらいな、不安や苦労もあったに違いない。
オレが生まれて、間もない頃
実の父親が亡くなり、
5歳で母親にも捨てられ
一人ぼっちになってしまった、オレは、
とてもヤンチャだったせいからか?
最初、父方の親戚を、あちこちに、たらい回しにされた挙句
やっと父方の伯父の家に落ち着いた。
仕方なしに、オレを引き取ったのが見え見えで
オレの目の前で、母親の事を悪く言い、
オレが何かしら、ヤンチャをするたびに、体罰や説教と一緒に
「 血はつながってはいても、他人と同じようなお前を
引き取ってやった事を、有り難く思いながら暮らせ! 」
オレの父親と兄弟仲が悪かったらしい、伯父は口癖の様に、
オレを怒鳴っていた。
そして伯父夫婦の子供達まで、オレの母親の悪口を言い
オレが我慢できなくなって手を出し、喧嘩になると
また伯父に一方的に怒鳴られる繰り返しだった。
一人では、こっそりと泣いていたが
負けず嫌いなオレは、伯父家族の前では、絶対に泣かなかったから
伯父家族にとって、オレは余計に可愛げなく見えていたのかも知れない。
そんな伯父家族に、オレは馴染むこともできず、いつも孤独だった。
小学校にあがってからも、
ヤンチャだったオレは、生意気そうに見えていたからなのか?
ボス肌の同級生や上級生から、必ず目をつけられ
喧嘩を売られる事が多かった。
小さい頃から喧嘩慣れして、怖さ知らずだったオレは、
その度に相手になった。
そして喧嘩を重ねていくたびに、
オレは周りから一目置かれる存在になっていった。
小学校を卒業し、中学生になってからのオレは、とても荒れた。
1年生の夏、サッカー部に所属していた、オレは
ある日、部の部費が紛失して、真っ先に犯人扱いされた。
いくらオレが否定しても、先輩や同級生からは責められ、
その上、顧問の先生までが、オレの事を白い目で見ていた。
理由は、オレが育ってきた環境から・・・だった。
ところが部費は、顧問の先生の勘違いだったとわかり
あっけなく見つかって、オレの疑いは晴れたが
オレの心は闇の中に閉じ込められたままだった。
それを、きっかけに、好きだったサッカーを辞めてしまったオレ・・・。
オレは自分が育ってきた環境や、母親を、ものすごく恨んだ。
それ以来、髪を派手な茶色に染め、身なりも悪く、素行も乱れていった。
喧嘩、かつあげ、万引き、煙草や酒、シンナー、暴力沙汰
そして異性交遊・・・その頃、初めて女を知った・・・と
・・・好き放題で、ありとあらゆることに手を出し溺れていった。
オレの心は、自分でも惨めになる程に、すさんでいた。
悪びる事で誰かに心の奥の叫びを聞いて欲しかったのかもしれない。
でも・・・それは言い訳に過ぎない。
その頃のオレは、強がっているだけの、
ただの弱い人間に過ぎなかった。
そんな暴君なオレとは生活が出来ないと察した、父方の伯父夫婦が
オレの母親の妹にあたる、叔母に引き取る事を頼み込んでいたらしい。
叔母は事情を聞いたら、オレを引き取ると決心し
中学3年の秋、オレは叔母に引き取られた。
当時、離婚したばかりで子供もいなかった叔母も
心の中に寂しさを抱え込んでいたに違いなかった。
でも叔母は明るく、自身をしっかりと持っている人で
オレにとって唯一の理解者になってくれた。
オレは叔母との生活の中で、最初は強がり、反抗ばかりしていたが
そんなオレでも叔母は、本気で叱ってくれ、本気で愛してくれた。
オレは、徐々に叔母に心を開いていき
本来の自分らしさを取り戻していった・・・・・。
叔母はオレと養子縁組までしてくれ、
オレは叔母の姓・・・・母親の旧姓・・・になり、
戸籍上は叔母と親子になっていた。
叔母は、早くオレの事を引き取りたかったらしいが
離婚前に一緒に暮らしていた夫に、猛反対されていて、
オレを引き取れなかったんだと、心から詫びていた。
オレは叔母の、その気持ちだけでも、嬉しかったので
叔母の事を悪くは思わなかった。
オレは叔母のために、懸命に勉強して奨学金で高校に通った。
ちなみに高校生の時に、親友コウスケとの出会いがあった。
---高校生の頃には、もうチャラ男キャラだった、コウスケ・・・。
ヤツは、クラスの中で人気があり、目立つ存在だった。
オレとコウスケ・・・2人のタイプが違っていたせいか?
最初はお互いを嫌っていた。
オレはヤツが単純で、すぐ調子に乗るところが嫌いだったが
ヤツはオレが何も努力しなくっても、
女にモテテいることが気に入らなかったと
後々になって、
その頃を懐かしんで話していた、ヤツの口から聞いて知った。
出会ってからしばらくは、お互いを嫌っていたはずの、2人だったのに、
ふとしたことが、きっかけで仲良くなり、いつの間に親友になっていた。
不思議にもコウスケには、オレは安心して、自分をさらけ出せた。
ヤツがいたからこそ、
オレは高校生活を楽しく過ごせたのかもしれない---
そして高校を卒業後、更に叔母に学費を出してもらい、
小さい頃から、メカや機械の構造には興味があったオレは
同じ関心を持つコウスケと共に、工業系の学校にも通わせてもらった。
高校の頃の奨学金の返済は、もう終っていたが
今でも、工業系の学校の学費を返そうと、叔母への送金は続いている。
ミオとの挙式の時にも、心から喜んで来てくれた叔母に
「 学費の送金は、もういいから、その分を生活費に遣いなさい 」 と
言われたが、
「 今までの恩返しも何も出来ていないし
全部、返すまで、オレの気がすまない。
叔母さんには、感謝しても足りないぐらいなんだ。
これからだって、親孝行みたいなこともしていきたい。
叔母さんは、オレには母さんと同然の人だから・・・ 」
オレは叔母の好意を断った。
そんなオレに叔母は涙をボロボロ流して泣いていた。
思い返せば・・・オレは
辛い事だらけな子供の頃の思い出に愛情を持っていない。
ただ一つ、ミオとの思い出だけは除いて・・・。
オレは、ミオと挙式を挙げる、一週間前の夜に、
ミオに 「 話しておきたいことがある 」 と言い
オレが5歳の頃に 《 秘密の場所 》 で、
子供の頃のミオと一度、離れ離れになってから以後の事を話した。
父方の親戚に引き取られてからの辛い少年時代の事や
叔母に引き取られてから、立ち直れたこと・・・。
今まで、コウスケにしか話した事がなかった、全てを正直に、
ミオに打ち明けることができた。
オレの話しを、最後まで、ずっと黙って聞いてくれた、ミオは
目に涙を、いっぱい溜めながらも、優しくオレを諭すように
「 実は、私・・・・・・。
子供の頃に、一度 《 秘密の場所 》 で、レンと別れてから、
レンが、どうしていたのか、知りたかったの。
でもレンは話したがらない様子だったから
私から聞いてはいけないと思って、レンが話したくなるまで待ってた。
私、同棲をしていた時から、レンが時々、寝言で
《 母さん 》 って言っているのを何度か聞いてたの。
レンは・・・今までずっと人に甘える事を我慢してきたんだね。
叔母さんに引き取られるまで、すごく寂しかったし、辛かったよね。
もう我慢しなくってもいいんだよ。
私はレンのお母さんには、なれないかもしれないけど
これからは私で良かったら甘えてほしいな。
私は、いつまでもレンと一緒にいるから・・・。 」
言い終わると同時に号泣しながら、
オレの事を優しく抱きしめてくれた、ミオの言葉が、身体の温かさが
不思議と心から、ホッとできて
いつの間に、オレの頬にも一筋の涙が流れていた。
いつも他人には、クールに、大人に・・・を、
気取っていた、オレだったけど
それは今まで母親に甘える事を知らずに、
威勢ばかり張って生きてきたオレの、
ちっぽけな、くだらない意地に過ぎなかった。
今は、やっとミオだけには、
安心して少し、甘えることができるようになったオレ。
オレは、今までも時には
小さな子供のように誰かに甘えたかったのかもしれない。
実の母親を恨んでいた時期はあったけど
この頃、ミオが実の母親に重なって見える事があるせいだからなのか?
今は恨みなんかよりも、
実の母親までもが愛おしくなってくる。
でも・・・・もしも・・・・?
母親に会えたなら?
オレは素直に甘えられるだろうか?