〈茅ヶ崎海岸に勢揃いした大神輿:茅ヶ崎市ホームページより〉

湘南地方に本格的な夏の訪れを告げる茅ヶ崎海岸浜降祭が、7月15日の海の日に開催されました。茅ヶ崎市と寒川町内の神輿39基が、茅ヶ崎海岸に勢揃いし、早朝の海で禊を行いました。

〈茅ヶ崎海岸で禊を行う大神輿:茅ヶ崎市ホームページより〉

江戸時代から200年以上の歴史のある伝統行事でしたが、コロナ禍で3年間中止が続き、昨年より再開されました。私は、実に5年ぶりの参加となりました。


〈私の新しく新調した半纏(はんてん)〉

私は、今年、鎮守の円蔵神明大神宮の神輿半纏を新調しました。神輿半纏は、氏子の証であり、誇りでもあります。半纏の襟には、懐嶋(ふところじま)とあり、円蔵集落が、中世の懐嶋郷を継承していることをあらわしています。


〈懐嶋神明大神宮とある半纏〉

私の鎮守の円蔵神明大神宮の歴史は、鎌倉時代、源頼朝の重臣で鶴岡八幡宮の普請奉行を務めた大庭景義公が、承安年中(1171年~75年)屋敷の鬼門に伊勢の皇太神宮から御分霊を頂き、お祀りして建立したと伝えられています。


〈円蔵神明大神宮大神輿:2018年浜降祭より 📷びるしゃな〉

大神輿は、明治13年(1880年)建造の重さ450キロの相州神輿で、当時の円蔵村70軒が費用を出して建造しました。私の四代前の高祖父高橋久四郎の時代で、140年の歴史のある先祖伝来の大神輿です。


〈大神輿に付けられた提灯〉

7月15円午前0時40分、円蔵神明大神宮に、役員と担ぎ手、見物人が大勢集まりました。境内の神楽殿では、茅ヶ崎市無形重要文化財に指定されている円蔵祭り囃子が演奏され、大神輿の宮出しに華を添えました。


〈円蔵神明大神宮:2024年元旦祭より 📷びるしゃな〉

かって、円蔵神明大神宮の浜降祭の宮出しには、私の本家の神楽師・高橋鯛五郎(私の父の大叔父)が、『禊祓いの舞』を奉納していました。令和3年(2021年)に、新潟大学の木内靖さんが、浜降祭と高橋鯛五郎について学術論文を発表し、博士号を取得しました。これにより、浜降祭の宵闇での神楽奉納の詳細が明らかとなりました。


〈高橋鯛五郎が、円蔵神明大神宮に明治21年に奉納した天岩戸(あめのいわと)の額〉

高橋鯛五郎については、度々書いているので、それにゆずりますが、円蔵神明大神宮の向拝の天岩戸の神話の彫り物に、本来、この神話に登場しない猿田彦として高橋鯛五郎が彫られています。


〈円蔵神明大神宮の向拝の天岩戸の彫り物〉

これについて、『茅ヶ崎の石仏第17号』(2012年)によると、天岩戸の神話に登場しない謎の神様としていますが、猿田彦を演じる高橋鯛五郎だと分かります。そして、
お神楽の一場面だと分かります。是非、見てもらいたいと思います。


〈向拝には、謎の神(猿田彦)として高橋鯛五郎が彫られている:茅ヶ崎の石仏より〉

このように、円蔵神明大神宮と私の一族は、たいへん深い関係にありました。私は、この伝統を継承する者として、今回も大神輿に随行して神社から海岸まで往復12キロを歩きました。


〈茅ヶ崎海岸南湖浜の祭場に入場する円蔵神明大神宮の大神輿〉

午前1時に神社を宮立ちした大神輿は、はるばる6キロを5時間かけて海岸まで担がれました。梅雨明け前の曇天でしたが、海岸に勢揃いした39基の神輿の乱舞は雄壮でした。


〈海岸で雄壮に担がれる円蔵神明大神宮の大神輿:7月15日5時30分)

海岸で禊を終えた神様は、新しいパワーをもらうので、また1年間、氏子を守ってくださいます。1年で最も大事な祭事である浜降祭に、先祖伝来の大神輿に神様を戴いて参加出来たことは、氏子としての誇りであります。


〈円蔵神明大神宮大神輿〉

浜降祭が終わると、いよいよ大山夏山祭りが始まります。今年もまた、伝統行事を継承して行きます。

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『ユズちゃん日記』
 第168話・「梅雨明け」


〈家の前で居眠りする今朝のユズちゃん〉

7月17日、関東甲信・東海地方が梅雨明けしました。これから1週間、35~36℃の気温が続きます。お身体に気を付けてください。ユズちゃんは、相変わらず、毎朝、涼しい時間、私の家の前で居眠りしています。
今年は、ユズちゃんのために、家の脇の草を刈らず、藪にしてあります。日中、ユズちゃんは、藪の中の日陰に潜んでいます。


〈家の前で今朝のユズちゃん〉

私の居住区は、結構、草むらがあるので、ユズちゃんは、日中、この中にいます。家の建物の陰になり、陽の当たらない場所も結構あるので、外で過ごすのは大丈夫のようです。


〈家の前で今朝をユズちゃん〉

晩ご飯を食べると、すぐに外に飛び出して行きます。朝ご飯は、外の玄関前で食べています。やっぱり外が大好きなユズちゃんです。
最近は、近所の子供たちの人気者になりました。