ある朝
母の デイホームの迎車が
出ていったのを見計らって
お隣に住む おばあさんが
我が家を訪ねてきた
ちなみに この方
うちの母と同い年の
93歳
お忙しいところ
申し訳ないんだけど
おばあさんは 遠慮がちに
〇〇クリニック(近所の医院)の
電話番号
ケータイで 調べてくれないかしら?
そう お願いしてきた
お易い御用 と
私が ポケットからスマホを出して
調べ始めると
言い訳をするように
言葉を続けた
最近 足の痛みがひどくてね
かかりつけ医を
近所に新しくできたクリニックに
替えたくて
そこに電話したいんだけど
新しい医院だと
電話番号帳に 載ってないでしょ
どうやって
電話番号を調べればいいか
わからなくて…
お隣のおばあさんは
30歳過ぎの 孫と
ふたりで暮らしている
でも
孫の仕事が 忙しいのか
私のほうが 頼みやすいからか
時々
予防接種の予約や
還付金の申請 など
ちょっとしたことを 頼まれて
お手伝いしている
電話番号 わかりましたよ
メモしましょうか
私はスマホの画面を
おばあさんに見せながら
言った
…瞬間
気が付いた
あ でもここ
完全予約制みたいですね
その 私の言葉に
え…予約?
ちょっと不安そうな声を出す
おばあさん
よかったら 今
このスマホで 予約しちゃいますけど
そう言うと
おばあさんの顔が
みるみる ホッとした顔になった
おばあさんの気持ちは
よく分かる
最近は
何でもかんでも
予約が必要なことが 多い
しかも それが
ネットでしかできなかったりして
私だって 戸惑ったり
気後れすることが あるもの
そんなこんなで
朝一番の予約を 入れ
ついでに 我が家にある車椅子で
おばあさんを クリニックに
お連れすることにした
私の この提案を
おばあさんは 最初
あなたも 忙しいだろうに
申し訳ないわ
とか
あなたのおかあさんが いない間に
おかあさんの車椅子を使う なんて
図々しずぎるわ
と言って 遠慮していた
でも
そのクリニックは
我が家から
わずか 2分(!)の距離だし
車椅子の件も
遠慮するようなことじゃない
実際
車椅子は
足の悪いおばあさんにとって
想像以上に 快適だったんだろう
クリニックに着くまでの
ごく短い時間に
何度も 何度も お礼を言われた
そんな 私に対する気遣いに
わかってはいたけど
このおばあさんは
自分の母と 同い年だけど
随分 しっかりしているなあ
と 感じて
ついつい
それに比べたら うちの母は
な~んて
考えてしまった
だって
母は
認知症があるにしても
日常の雑事は すべて
同居している娘に 丸投げ
お花畑で お花摘みしながら
毎日 気儘に暮らしている
クリニックの待合室は
インフルエンザが流行っているせいか
思いの外 混雑していた
でも
私たちが入口に入った 途端
車椅子に気づいた人たちが
体や足をずらし
車椅子の通り道を 作ってくれた
まるで
モーセの十戒の 海割のよう
お陰で 私たちは
問題なく
受付まで たどり着くことができた
さすが
気遣いに長けた 日本人
そこで 私が
おばあさんの名前と
予約している時間を 伝えると
私のことを 娘と勘違いした
スタッフが
おばあさんの 問診票の代筆を
頼んできた
私は 首を横に振りながら
あ 私 ただの隣人なんです
〇〇さんを
ここまで お連れしただけで…
そう 答えた
その瞬間だった
空気が 僅かに揺れ
待合室の人たちの耳が
急に ダンボになった
(気がした)
ワンテンポ 遅れて
そこにいた 幼い兄弟が
ママ
あのひと お隣の人なんだって
おばあさん 足が悪いから
連れてきてあげたんだね
きっと
エライねえ
な~んて 話し出し
皆の視線が
一気に 私に集中した
(気がした)
小さく笑う声が 聞こえ
混み合っている待合室が
なんとも言えない
やさしい空気で 満たされた
(気がした)
正直に言おう
その時 私は
自分が
めちゃくちゃ いい人になった
気が して
自己肯定感 爆上がりだった
そして
大人の責任として
子どもの 無垢な思い込みに
応えなくては
という
強迫観念に 駆られ
甲斐甲斐しく おばあさんの
世話を焼いたり
やさしく 話しかけたりして
クリニックにいる あいだ中
私は
リアルな自分の 100倍くらい
「いいひと」を演じていた
気がする
家に戻って
時計を見ると
1時間も 経っていなかった
にもかかわらず
私にとっては
半日くらい 経った気分だった
おばあさんからは
てんこ盛りの 感謝の言葉を
もらい
その後 夕飯時には
揚げたて 手作りコロッケの
お裾分けまで いただき
クリニックでは
子どもたちに
「いい人認定」してもらって
退屈な日常の中で
久しぶりに
とびっきり しあわせな気分に
させてもらえた
小さなギブをしたら
大きなテイクがあって
まるで わらしべ長者のよう
そして 思った
今後
病気や 歳を重ねて
できないことが
少しづつ 増えていった時
その 過酷な現実を
卑屈にならず
意固地にならず
上手に 人に頼って
都度都度
ちゃんと 感謝の気持ちを
伝えることができたら
そうしたら
ひと同士の 関係性は
決して
してあげる人 と してもらう人
に 分かれるのではなく
両者の間で
うれしい感情が 循環して
お互いが しあわせを感じる
きっと
そういうものに なるはず
だって
ほんとうに
私
1週間くらい ず~っと
「うれしい」が続いたもの
