娘 ドラ子は

帰国子女

 

 

しかも

 

数年 海外で暮らした

 

とかではなく

 

アメリカで生まれて

15歳まで 現地校に通い

 

寝言と言い訳は もっぱら英語

という

正真正銘 完全無欠の

帰国子女

 

 

だから

帰国後

 

日本に順応するのが

本当に大変だった

 

 

スタートして14年目(!)になる

このブログの 初期には

 

そんな ドラ子の

帰国子女としての

笑いと 戸惑いと 苦悩のエピソードを

描きまくっていた 記憶がある

 

 

あの頃は

日本語の日常会話は 理解できても

言葉の 裏の意味や

ニュアンスがわからず

 

一般常識や 生活感覚も

ズレまくっていて

 

誤解されたり ウザがられたりして

登校拒否になりかけたり

 

親子共々

なかなかのハードデイズだった

 

 

それでも

帰国して 10年を超えると

大分 日本社会にも同化してきて

 

ブログネタにするような 出来事も

少なくなってきていたんだけど…

 

 

 

海外の人は

小雨では

日本人ほど 傘をささない

 

濡れることを 気にしなかったり

むしろ 雨を楽しんだり

 

 

そういう 日本人らしからぬ感性を

ドラ子が

未だに持っていることは

薄々 わかってはいたけど

 

帰国して 15年以上経ってるし

 

就職してからは

社会人としての振る舞いも

学んでいるはずだし

 

 

だから

全力でおしゃれして 出かけた

パーティの帰り

 

小雨 と称するには

ちょっと憚られる 降り具合で

 

ドラ子の帰国子女マインドが

炸裂したのは

私にとって 想定外

 

 

混乱する 私の頭の中には

 

三つ子の魂 百まで

 

という諺が

何度も 何度も

ポップアップしてきたのだった

 

 

一方

 

あくまで 本人は

屈託なく 状況を説明してきた

 

 

最初さあ

その親切なひとが

なぜ 傘を渡してくれるのか

全然わかんなくって

 

私 断ったんだよね

 

でも

 

気 遣わないで

百均で買ったものだから

 

とか

 

一緒にいる彼が

大きな傘 持っているから

 

とか

何度も 何度も 言ってくれて

 

さすがに 私も

途中で はたと 閃いたの

 

もしかして この人

濡れている自分のことを

 

何か ヤバい

 

って 思ってるのかな

って

 

心配してくれてるのかな

って

 

だったら ここは

相手の親切を

ありがたく受け取るべきかな

って

 

そう 思って

もらってきたんだよ

 

 

そして

ドラ子は 言葉を付け加えた

 

そんでね 帰る道道

周りを見ると

傘をさしていないひとは

やっぱ ほとんどいなかったわ

 

 

それは

周りを気にする

日本人的発言

とも 思えたけど

 

でも

だからといって

 

これからは

傘をささなきゃね

 

という言葉が

その後に 続かないのが

帰国子女 ドラ子

 

 

先ずは

個の気持ちを 大切にし

 

現地校では 常に

 

で あなたは どう思うの?

 

 

 自分の意見を求められる 教育を

受けてきてるからね

 

 

ただ

 

ドラ子は その後

 

日本人って ホント親切だよね~

 

やっぱ 日本っていい国だな~

 

しみじみ 言っていて

 

もちろん 私も

そう思う気持ちは 完全一致だった

 

 

それに加えて

 

海外で産んで 育てて

その後

日本に 連れて帰って

 

親の都合で

子どもを振り回し

しなくていい苦労を

させてしまった

 

そんな

多少なりとも

ドラ子に 申し訳ない気持ちがあった

私としては

 

その言葉は

 

また 別の意味で

ちょっと うれしかった

 

 

傘をくださった

やさしいお姉さん

 

本当に ありがとう