我が家の 子どもたちは
次々 洋服を買っては
次々 捨てる
…ったく 無駄なことを
と 怒ったところで
我が身を振り返ると かつて 自分も若い頃
同じようなことを していたような
まあ そうやって
ヒトは いろいろ 無駄遣いもして
お金の遣い方を 学んでいくのよね
な~んて
思いっきり 上から発言 してますが
では 私は
お金の遣い方を わかっているのか
と 突っ込まれると
イテテテテテ…
困ります
若かかった あの頃
時はバブル
去年 買った服は
今年はもう 外出着としては 着られない
と 思ってて
流行の先端を行くことは カッコイイことだ
と 思ってて
ダサい服を着ている人は 中身もダサい
と 思ってて
地球は 自分中心に回っている
と 思ってた
でも
今 この歳になると 分かる
流行なんてものは
誰かが ビジネスで つくり出すもの
自然発生的に生まれる流行 なんて
そうそう あるものじゃない
なのに
流行
というだけで
たいして 好きでもないものを 買い
たいして 似合いもしないものを 着ていた
あの頃の 私
自分では カッコよく踊っているつもりが
実は
老獪な大人たちに 踊らされ
利用され
搾取されていたワケで
今 振り返ってみても
本当に 愚かしい
ところで
私が 行っている
朝の公園の ラジオ体操仲間の方たちの 平均年齢は
70歳を超えていると 思うけど
彼らの 興味の対象は
オシャレには あまり 向いていないのだろう
流行遅れのシャツや
企業の販促Tシャツなどを 着ている人が
少なからず いる
もちろん 中には
最新デザインの オシャレなスポーツウェアを
身に着けている人も いるけれど
あくまで 少数派だ
そんな彼らに ヒジョーに好感を覚えている
私は と いえば
シャツは
ドラ子が 気に入らないから着ない と捨てたものを 着て
帽子は
母が 押し入れで20年ほど熟成したものを 被り
タオルは
家から発掘した 今や もしかしたら 激レアお宝もの(?)の
’83 西武ライオンズ 優勝記念タオル
ああ
かつての トレンディな私は
いったい どこに 行ってしまったの
たぶん 私は 本来
たいしてオシャレでは なかったんだろう
ただ 若さからくる自意識 というものが
過剰だったので
普通の人より 熱心に
外見を 飾ったんだろう
しかも
歳を 重ねるにつれて
外見が 理想からは どんどん 遠ざかって行く
という 残酷な現実
どんなに高いお金を払って ステキな服を買っても
昔のようには 似合わない
と なると これから先
私の興味が オシャレから 遠ざかることはあっても
オシャレに 向くことは
もう ないのかもしれないな
でも
若い時のように 過剰な自意識に 振り回されて
外見を 飾らなくてもいいってことは
限りあるお金と 限りある時間を
自分が 本当に使いたい と思うところだけに
心置きなく 使えるってことで
それって けっこう
悪くない
