上には上が……。 | 地球の日記☆マーク♪のblog☆

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この地球は今大きく変わろうとしている。自国主義からコロナ禍を経て、調和・融和へとイノベーション(変革)し、人生100年時代へ向けて脱炭素の環境優先へとベクトル(地球的エネルギー動向)が動いた。
常に夢を持って波に乗ろう!

先日、12月7日(土)<TOKYOウオーク2019のファイナル・北板橋>をいつものように颯爽溌剌と完歩して、銀バッジを戴いたのだが、今回はいつものように軽い調子で感想記など書けるような気分になれなかった。

 

というのは「上には上の人物がいる」ことを思い知らされたからだ。

 

 

これまで、私なんか金メダル幾つ貰ってるなんて自慢してた昨日までの自分が恥ずかしい。

 

 

それは大会当日……

 

 時折氷雨のような小雨混じりの哀しい空模様に、なんとなく晴れない心持で大会スタート門を出た。

そして、身体コンディションと周囲の状況を見ながら、徐々にペースを上げるべくギアチェンジし、序盤でいつもの巡航速度に持って行き、血液をフル循環させる。

 

……徐々に暖まってカラダの隅々に快活感が巡ってくる。

これなら、アッ言う間にゴールして、バッジを貰って熱々のステーキでも食べて、風呂に入ってあったまれるだろう。

などと、軽率に目論んでいたのだが・・・・・・ 

 

ん?

 

 あれ? 歩道を歩いていると異変に気付いた。

 

何だか変な音がする。

カチャ、シュッシュル……。

ん?何だろう?

前の方だ。

 

よくみると、白い杖で、道路を突いたり、横に素早く振って、安全なスペースを確かめて歩いている人がいる。

とても速い杖の動きだ。  

 

ん?盲目のウオーカー?

 

白杖を辿って上を見ると、顔にはサングラスしているが、横から見ると目が動いていないようだ。

顔は引き締まって、真剣そのもの。

同伴者はいないようだ。

おじいさん、おひとりでTOKYOウオーク11kmに参加されたのか……。

 

みんな、唖然とする。

言葉も出ない。

よくまぁ……

 

しかし、しばらくすると、なんとか応援したくなって、

「そこ柵が在ります」

とか、「そこ右です」

など、傍から手を貸すのではなく目を貸していたようだ。

 

その白杖のご老人、そのたびに「ありがとうございます」ととてもハキハキした声で感謝される。

 

と思うと、その健気な心意気にうたれて、よおーし、できるだけ安全を見守って一緒について行こうじゃないか。と決めた。

周りの者にどんどん追い抜かれていくが、そんなこたあちっとも構わん。

強い者は弱い者を助けるのがあたりまえ。 弱い者が頑張っているのに見捨てられるか。

 

パラスポーツの真髄は心身に障害を負った者が、リハビリを通して機能回復する実例をもとに、障がいを乗り越えて人間らしく活きることでもある。

オリンピックなどのスポーツは世界や未来を変える力があることを、この視覚不自由なウオーカーは必死に歩くこと、体現することによって吾々に行動で訓えてくれている。

 

だから、こんなに感銘を受けたので、その感動を読者諸君と是非ともシェアしたく、こうして書き綴っている。

途中、ヒヤッとする無音の横断歩道が在ったり、階段や柵が在ったり、点字ブロックがないところも在ったり、それこそ命懸けの歩行には、全く頭が下がる思いだ。

 

然し、吾々健常者は足を動かすだけでいいが、白杖の方は、足どころか、手を頻繁に触覚代わりに動かして、神経も相当使っているようだ。忍耐、辛抱強くなければとてもここまでは。体力も神経も倍以上に消耗するだろう……。

これは、とても敵いそうもない。

 

 

一般のウオーカーに混じっての白杖完歩を目指すご老人の心意気やいかに。

途中、杖で地面を探っているのだが、ほかのウオーカーの足にぶつかる。杖で足元を叩かれたウオーカーもちっとも気づかない人が多く、もし「痛いっ」と気づいたとしても白杖を見て怒る人はまずいない。そんな微妙な杖の突き方である。

 

婦女子にいたっては、どうでもいいことをワイワイガヤガヤおしゃべりしていたのに、その白杖の方を見ると、ハッと息を呑んで、……大変な思いをされて……。とか、ご事情があってここで四国巡礼されているのかな・・・・・・。

とか、めいめい気の毒がって。

さらに一様に吾身の恵まれていることに思い至って、吾々五体健全なうちに、もっと頑張らなければと。と思い新たにするのであった。

 

障がいのある方々が頑張っているのを見ると、なぜか泣けてきて、つい応援したくなってしまうのである。

……これって母性本能かな?

 

 

コース本題に戻そう。

えーと、このエリア高島平(徳丸ヶ原)は日本の近代化を促す長崎の国士・高島秋帆が、井の中の蛙的幕府要人に見せる為、徳丸ヶ原で大砲を撃ったり、軍事デモンストレーション・ドリルをして、日本覚醒をした地としてここにその地名として刻まれている。

 

 

 

その際、高島秋帆が宿所とした松月院に、その業績を記念して天に向かって立つ砲身が、そして砲丸が根っこに二個ついている。

 

 

これは一体何を意味しているのだ……。

 

 

 

 

    

 

しかしあの爺さんは一体何だったのか?

いまだに不思議な出来事だったので、こうして記事にしてしまったが……、

あれは、もしかしたら、ウオーカーの参加者では無かったのかもしれない、という気もしないでもない。

と言うのは、ウオーカーだったら必ずどこかにゼッケンをくっ付けている筈。……それが無かった。

 

……と言う事は、コース上に居た、ちょこっと煙草を買いに出かけた爺さんを、てっきり勘違いしてウオーカーに仕立て、「はい、そこ右」「はい、真っ直ぐ」などといつものスポーツリーダー気取りで何キロも歩かせてしまったのではないだろうか?

 

……だとしたら、そこの近所のお爺さんにとってはえらい迷惑な話だったのかもしれない。

 

                         (吟)