脳外科で働いていた当初、
神経内科も一緒になっていた時の看護師時代のこと。
50代前半の男性。
脳梗塞で左半身に麻痺が出て、点滴治療の開始。
ベッドの上でのリハビリも開始していき、
点滴もとれ、本格的にリハビリ室でのリハビリが開始された。
ベッドから起き上がり、
靴を履き、車椅子に移乗し、ゆっくり車椅子を自走しながら半地下にあるリハビリ室へと急ぐ。
リハビリ開始時間もある。
エレベーターの飽き具合もある。
自走するのに時間もかかる。
途中でトイレに行きたくならないように。
身なりを特に気にされる方か。
リハビリ前に、少しゆっくりしたい方か。
こちらも、いろんなことを想定し、
その人に必要な時間を見て前もって声かけをする。
看護師の私がそのくらい思うってことは、
本人は、今まで当たり前に動いていた半分の体が動かなくなって、もっともっと時間が足りないと焦っていたと思う。
リハビリ室でのリハビリが始まって数日。
(今より救急病院に入院している日数は長かった。)
その方に、
イライラしている姿が見られるようになりました。
一度で履けないリハビリシューズを投げたり、
車椅子に座る瞬間も、ドスンと勢い任せに座ったり、
何より、笑顔が少なくなっていった。
社会人として、バリバリ働いていた方で。
会社でも、
役職がついていてとても忙しい最中の発祥だった。
自分の生きている世界が、
180°変わってしまったんだと思う。
悔しい、情けない、惨め、憤り、不安.....
そんな気持ちが
その方の行動一つ一つに現れていたと思います。
そして、
ある時、私がリハビリへ向かうため声かけをした時、
思いが爆発しました。
分かってる!!!!
あんたが来ると焦るんや!!!
ちょっと向こう行っといてくれ!!!!
男の方の罵声。
ペーペーの看護師だった私も正直、驚いたし心臓はドキドキでした。
部屋から出た廊下で待ち、
少し離れてリハビリ室まで付き添いました。
でも、ここで終わらなかった。
誰がって。私が。
イライラしながらも、
毎日リハビリを頑張られたその方は、
リハビリ病院への転院が決まりました。
この病院もあと数日。
この方の担当になった時、私は伝えました。
私は、どれだけ怒鳴られてもいいです。
それで、〇〇さんの気持ちが晴れて、リハビリが進むのならいいです。
私が1番、〇〇さんの回復を諦めてませんから。
今考えると....
看護師になって数年しか経ってないペーペーの看護師が![]()
よくここまで言えたもんだな![]()
と、思います。
他の患者さんにも、
よく言っていたとおもいます。
なんじゃかんじゃ
口から出てしまうペーペー看護師を、
上の方はその都度フォローしてくださっていたと今は理解できるので
本当に感謝しかありません。
その方は、無事に転院され、
私のことも忘れるくらいリハビリを頑張られたのだと思います。
リハビリ病院に行けば、
リハビリの時間もとても増えるので、
体力的にも精神的にもきついこともあると思うから。
脳外科で働いた時間は、
私の看護の原点でもあり、大切な宝です。
まぁ、ここから天狗の鼻はへし折られ、
元々の自信のなさが大きく覆いかぶさり
自分のやっている看護というものに、
疑問を持つ時間が長くなるのですが。
でも、今思うと。
その方ができる、やれると思えない分、
私が諦めない。
自分が大切に思っている人には、
ウザがられても伝える。
そんな気持ちは誰よりも負けない。
これが私なんだな。
この気持ちは、どう言われようと
いまでも大切にしたい気持ちなんだって再確認しました。
まぁ、昔より
相手の様子を伺うことはできるようになったと思いますがw
誰かれ構わず言う訳でもないけどね。
最近、色々あって
そんな自分の芯にある気持ちと、
大切な看護師時代の宝を思い出したのでした。
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