書き出すとあふれてくるこの性分… こころナビゲーター☆くん(はらのりこ)です(お客さまの声/はじめましての方へ/terras/メニュー/ご予約&お問い合わせ)
先日からはじめました【マイストーリー】・・このままでは中津に来る前のお話だけですっごい記事数になりそうなので(笑)まとめていきます
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思春期
5年生から陸上をやってました。放課後は毎日練習、ずば抜けて足が速いわけではなかったけど一生懸命だったな…5年生の終わり頃だったと思う、「オスグット病」両膝をいためました
外からみたらわかりにくい(膝部分の骨が出る程度)けど、膝の曲げ伸ばしや歩くことも辛いときがあって、もちろん走れるわけもなく、、陸上部のマネージャーとし在籍
すごくくやしかった、、と同時に女子たちの集団の嫌な感じ(コトバにしにくいね)にもふれて落ち込んだりもした日々 はじめての挫折を味わったのでした
そんな矢先、これもまた女子特有?のじめじめしたことや大好きだった親友の大ドンデン返しや、そんなこんなの体験をしたこの時期、卒業する頃には、人ってこんなもんなのか?わたしってこんなていどか・・とかね、いろんなこと「あきらめ」はじめてた頃
大切なことはだれにも言わない、って心を閉じちゃった、あきらめることでわたしは傷つかないようにしていたのかも・・
いつのまにか目立ったり、出るくいは打たれたり、人ってそんなもんだろーってこころのどこかで思いつつ中学にはいったら、ゆるくぼちぼちいこう。。がんばらない!って勝手に決めてた(笑)三年間つづけた剣道も、好きだったけど成果はいまいちだったのでした
でもね、中学にはいってわたしの心に土足で進入してきてくれた最高の友人にであってそれはじょじょにほどけていったなぁ・・心のシャッターをあけっぱなしではなかったけど、自然に開いてる・・ってときが増えていった気がするな
この時期はとにかくポエマー(笑)でした、暇さえあれば窓の外見ながら詩を書いてたなぁ・・だれに見せるわけでもなく…実家の倉庫からそのノートがごそっと出てきたとき読んではずかしかった、、かなり妄想族(笑)
音楽もたくさん聴きました。特にレベッカに夢中だったな、、あと別マ(別冊マーガレット)愛読、ラジオも聴いてたし、本はコバルト文庫というのを読んでいました
中3の頃 とにかく楽しかったな クラスの男女が仲良くて放課後ラーメン食べに行ったり 遊んだり・・いつ勉強してたのか?あまり記憶にないほど
中学の記憶はこの中3のときコトや友人たちとのこと、そしてひたすら好きだった片思いの日々のことで埋め尽くされているなぁ
青年期
高校を決めるとき、早く社会にでたかった・・ので商業高校を選択。家から片道50分かけて自転車で通っていました。資格をとるための授業も多く、しょっちゅう検定受けてたなぁ
高校時代のメインは部活と恋愛。恋愛についてはあえてふれない(笑)けど、男子より女子にモテた時期です
部活は「演劇部」。発声練習、ジャズダンス、柔軟体操、和太鼓を基礎練習として毎日してました。キャストとスタッフを部員全員が両方取り組むのがこの部のルール。この経験は自分を知るためにも今思えば大きな影響を与えてる気がする・・
というのも、とにかく裏方が好きだった・・とくに照明。色の移り変りやタイミング、その効果…考えてるときも本番もわくわくしてた、反面・・キャストのほうはちょっと苦手だったけど、舞台ではだれもが主役で、だれひとりかけても成り立たない世界や0から力を合わせて作り上げていくプロセスがたまらなく好きだったなぁ
拍手がなり、幕がおりる瞬間のあの感動はたまらない♪ひとりじゃなく、だれかとそれを喜びあえるって最高、この体験は大きかったです
友だちとは、サプライズを楽しんだり、近場の旅行にいったりしてました。この頃、旅のしおりや文集、写真をとったりすることが好きだったし、そういうことが好きな友人たちと「楽しいコト」「面白いコト」みつけては遊んでたので・・あっというまの三年間でした
いよいよ社会へ
地元企業の事務員として就職したわたしは、やなもんはやだぁーーー!となるのに時間はかかりませんでした(笑)
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(長文、お付き合いいただきありがとうございました)
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