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調べてみると鳥のさえずり、ピーチクパーチクとおしゃべりするとある。
ツイッターはやっていないので、ここで呟いてみようと思う。
ここのところ、この新聞記事を目にしてから、ずーっとモヤモヤしている。
そんな中、一人狼狽してしまう自分がいて…
少々長くなりますが、よろしかったお付き合いくださいませ。
「動物写真家 岩合光昭さんに聞く」
動物写真家として世界各国を飛び回る岩合光昭さん。
そんな岩合さんを特に引きつける動物が「猫」です。
猫の魅力や猫への思いを聞きました。
Q.猫ブームです。
猫の写真から岩合さんを思い浮かべる人もたくさんいます。
猫に注目が集まるのは、やはり嬉しいですね。猫以外の野生動物にも当てはまりますが、撮影する相手のことを好きにならないといい写真は撮れません。
好きになった相手をじっくり観察して、どう撮って欲しいのだろうと見極める。
人の恋愛に似ているかもしれませんね。
特に猫を撮る時は、どういう写真を撮りたいか、こちらが決めない。それを心がけています。猫と一緒に過ごし、彼らの生活を観察していると、「あ、こんな動きをするんだ、この場所が好きなんだ」などという発見が必ずあります。その瞬間が撮れると、自然で可愛い写真になるんです。
Q.映画「劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き」で印象に残っている場面は?
青森のりんご農家での撮影です🍎
猫の表情がとても映えているんです。
中でも昔から知っていた猫が仔猫を生むシーンに立ち会ったことは忘れられません。
その1年3ヶ月後の撮影では、あの時赤ちゃんだった猫のお腹が大きくなっているところにも出くわしました。
自然の中で「代々血がつながっていく」ということを目の当たりにして、胸が熱くなるような感覚になりました。
Q.飼い主のいない猫を、不妊、去勢手術をしたうえで地域で世話をする「地域猫活動」が都市部を中心に広がっており、「血をつなぐ猫」は減る傾向があります。
日本は江戸時代の浮世絵に猫が登場したり、今は空前の猫ブームと言われていたり、世界でも一番猫好きの国なんじゃないかなと思います。
猫たちは昔から日本人の暮らしに溶け込んで生きてきて、命が代々つながれてきた。
一方で最近、飼い主のいない猫の不妊、去勢手術を推奨し、生まれる猫を減らそうという取り組みが盛んになっています。
背景には、行政によって毎年数万匹の猫が殺処分され、その多くを飼い主のいない猫が生んだ仔猫たちが占めている現実があります。
猫たちのことを思って、血のつながりを断とうとしているわけです。
良し悪しを問う話ではありませんが、猫にとっては世知辛い時代になったな、と。
Q.世界の他の国ではどうでしょう?
野良猫への風当たりが強い状況は、都市部を中心に世界中どこでも同じだと思います。
野良猫は人間の住む環境を汚す迷惑な存在として扱われがちです。
ただ街中にペットショップがたくさんあって、そこで猫が高値でたくさん売られているのは日本くらい。
海外の人に話すと、猫が売られていることが理解しにくいようで、とても驚かれます。
「日本では道にいる猫にも値札がついているのか?」って。
Q.岩合さんが感じる猫の魅力は?
猫は朝起きてから、自分が一番いいと思う場所を探して歩きます。
猫についていくと、なんだか気持ちよくなって、撮影途中でも気づくと寝てしまっていたこともあるくらい。
猫が「五感のアンテナ」を研ぎ澄まして暮らす姿は、僕たち人間が忘れてしまっている感覚を呼び覚ましてくれる気がします。
様々な価値観や考え方がある中で、あくまでも私なりに思ったこと、またTNR
をする立場から、率直に感じたことを呟いてみたいと思う。
岩合氏のファンの方にはこのような物言いで失礼致します

岩合氏は猫専門のフォトグラファーと思っている方が多いかと思うが、本職は野生動物写真家である。
この記事のインタビューの受け答えが野生動物が対象であるならば話は理解できる。
人間の都合で住処、食べ物を奪われ、野生動物が絶滅危惧種に指定されることは少なくないのだから。
一方、猫はネズミ捕りの為に異国から連れてこられ、ネズミが減少したことによりお役目御免とばかり、使い捨てされた存在なのだ。
よって猫は野生動物ではない。
野良猫という固有名詞が定着し、あたかも野生動物かのように捉えられているのが日本の現状だ。
猫は交尾排卵の為、1年に3回、4〜6匹を出産する凄まじい繁殖力を持つ。
よって増えすぎた野良猫は行政により、人知れずガスで窒息させる殺処分を強いられる。
岩合氏は仕事柄、日本の津々浦々また海外まで猫の撮影に赴き、健康で可愛い猫のみを被写体にする。
病気や虐待、障がい、また餓死寸前やカラスについばまれ、車に轢かれた猫も目撃しているはず。
もちろん写真業を生業にしているのだから、そのような不遇な野良猫は表には出て来ないし、あえて出す必要もない。
また不妊手術済みのさくら猫も人工的な対象ゆえ、写真展や写真集にも掲載しないのだろう。
新作映画でもりんご農家で偶然出産に立ち会い、その1年3ヶ月後には当時仔猫だった仔が発情を迎え身籠もっていることに胸を熱くする。
「代々血がつながっていく」と語った。
この青森のりんご農家では恐らく猫たちは家族に見守られているかと察するが、外にいることから半野良状態だろう。
東北での厳しい寒さの中、必死に生き永らえていく野良猫たち。
仔猫は理由なく可愛いけれど、やがてその仔猫兄弟も成長し、5ヶ月以降には早くも発情を迎え、親や兄弟であってでしても妊娠の対象になり、凄まじい勢いで繁殖していくことは容易に想像できる。
またこの映画で全国的にこの青森のりんご農家が知られることになり、あそこなら餌を貰えるだろう、、と遺棄する人も現れるに違いない。
そうして増え過ぎたことにより、近隣の敷地に糞尿被害などの苦情や虐待が起こり、センターに連れ込まれ殺処分の運命になり兼ねない。
これらの代償はあまりにも重い。
岩合氏は記事の中で、飼い主のいない猫が生んだ数万匹の主に仔猫が殺処分されることを知りながら、猫にとっては世知辛い時代になったな、と。と言っている。
確かに猫の繁殖制限をすることは自然に反していることは事実。
それでも、虐待や感染症、交通事故死、殺処分されるのをなんとか食い止めようと、全国のボランティアさんが奔走していることももちろんご存知のはずだ。
猫にとっては…と猫の代弁者の如く話しているが、恐らく彼にとっても最近の傾向は世知辛いと、そう思っているのだろうと思う。
『世知辛い時代』
『血の繋がりを断つ』
虐待、虐殺、交通事故死、殺処分される野良猫たちをもってしても、世知辛い時代だと?
血の繋がりを断ち、一代限りの命を増やす為TNRをしている私から言わせてもらえば、目の前の命をすくい上げるべく、守ろうと必死に奔走しているボランティアさんと、岩合氏との間にはかなりの大きな溝、ギャップを感じざるを得ないのだ。
世間体を気にした時に、この手の質問があったならば愛護を考慮しつつ答えるのも大人のたしなみだけれど、あえて世知辛い時代、血の繋がりを断とうとしている…と正直に言い切ってしまう姿に、私はとてつもない違和感を感じてしまうのだ。
以前、雑誌で傷だらけの貫禄ある猫が好きだと彼は言った。
去勢手術をしない猫は縄張り争いから昼夜を問わず戦闘態勢で、しかも発情期を迎えると何日も飲まず食わずでメスを追い求め、オスと熾烈な争奪戦を繰り広げる。
その結果、喧嘩の傷や交尾からエイズや白血病にかかる率も多いのだ。
それを傷だらけのオス猫が好き…だなんて安易に言わないで欲しい。
要は岩合氏は好きなのではなく、野生美溢れる被写体に適しているからこそ、好きと言っているに違いないのだと。
なんとも、お気楽だなぁ。
彼にとって野良猫とは、ある意味商売道具であり、TNRや地域猫活動で野良猫が減少するのは死活問題と捉えているのだろう。
そうでなければ、彼の主催する写真展、写真集、映画作品で野良猫問題やさくら猫などのTNR、地域猫活動、更にはペットショップやブリーダー(繁殖屋)問題をも取り上げるだろうから。
想像するに彼の価値観や、発する言葉の数々は
どこまでも他人事で
あたかも絵空事のようだ。
以前、ボランティア団体さんと話していた時、飼い猫の出産を続け、愛護啓発活動もせず、募金箱さえ設置せず、彼は私たちボランティアの敵だから写真展には行かないの…と話していたのを思い出した。
悲しいかな…
同じ猫好きなのに、ね。
彼は紛れもなく、有名な野生動物の写真家である。
一方、下記のように不遇な野良猫の哀れな末路を被写体に収め続け、啓発活動をし、売り上げを保護猫のために支援する写真家もいる。
私はただ可愛く美しい猫だけを撮る写真家ではなく、
消え入りそうな厳しい現実を生き永らえる野良猫たちに寄り添い、思いを馳せる写真
家の味方でありたいと思う。














