富部神社の桜  4/7 | 白木蓮のいとおかし日記  夏は夜

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木蓮のいとおかし日記 名古屋神社編

南区 呼続の富部神社に 行ってきました


富部神社は名古屋市南部の笠寺台地上に位置します。江戸時代には台地は松に覆われた大きな島とみられ「松巨島(まつこじま)」と呼ばれていました。古代、台地の周辺は海で「年魚市潟(あゆちがた)」と呼ばれ、海を広範に眺めることの出来る景勝の地であり、「愛知」の地名のおこりの地とも言われています。万葉集では「桜田に鶴(たづ)鳴き渡る年魚市潟 汐干にけらし鶴鳴き渡る」「年魚市潟汐干にけらし知多の浦に 朝漕ぐ舟も沖に寄る見ゆ」と詠まれています。

海を広範に眺めることのできるこの景勝の地に、慶長年間、清洲城主松平忠吉公は富部神社を創建いたしました。桃山建築の姿を残す本殿は、国の重要文化財に指定され、祭文殿・廻廊そして享保12年(1727)作の山車は名古屋市指定有形文化財に指定されています。

約400年にわたり、この地を守り続けてきた富部神社は、現在も変わらぬ四季折々の美しい姿で、地域の憩いの場として、また地域の守り神として人々の信仰を集めています。


 









ここは 桶狭間戦い前に 今川と織田の境界地 (うらの長楽寺境内に 川がありそこが 境界)
で  戸部新左衛門さまは 今川方
織田の罠にはまり 疑心の今川によって
暗殺されたかた
もしこのかたが いきていたら
桶狭間の 戦いは かわっていたといわれています 





手水舎  右下にとべかえる(笑)



うごかない山車がある







八重桜が スタンバイ〜照れ照れ照れ

ただいま 本殿修理中





御朱印  つきがわり  500円

とべかえる  無事カエル





2026/3月に 修復完了予定





不思議ちゃんが 家にいる時
よく ここへ 連れてきたな
手ごろな広さだしね

まあ 本体の長楽寺と呼続公園と富部神社
もともと 一体だったらしい
名古屋1番おおきな寺域を持っていたらしいが  今は昔のこと


で 富部神社と長楽寺
信長さまの秘密です 
彼のすぐれたところは この長楽寺と富部神社を せいしていたことです