いつものご挨拶は最後にさせて頂きます




【癌】が再発したと告知され

私の治療は即始まりました


この時の心情はblogに書かせて頂いていましたが……



【なるようにしかならない】



心底そう思い治療に挑みました

抗がん剤治療と放射線治療


シスプラチンと言う【猛毒】

その毒を即体から出す為に大量の利尿剤………


猛毒の次は違う【毒】を24時間体内に入れ続ける


31回の放射線




抗がん剤治療は回を重ねるごとに

精神バランスを崩して行きました



精神力では負けないと

黙って耐える



入院と退院を繰り返す



初めて抗がん剤と放射線を終えて帰宅した私に突きつけられた現実は………



【荒れた部屋】と【溜まってる洗濯物】でした



パートナーは何を考えて

こんな部屋にしたのか………


怒りと言うよりは ため息しか出ませんでした



1回目の退院時は まだ動けた私

洗濯物 掃除をしました



2回目の入院時 抗がん剤の威力が増しました


看護師とも会話する気にもならず

とにかく……黙って耐えるだけの1週間……



動ける時に 外の景色が見える場所へ行き……


気を紛らわす為に夜中パートナーへ電話をしました



「みゆきに合わせてたら」

「俺の仕事が出来なくなる」



こう言われました



「あっ そう……」



私は電話を切りましたが

パートナーが何の仕事をしているのか知りません


ただ【人柄】が見えたと感じました



以後 私は友人達に助けられ

この抗がん剤治療と放射線治療を乗り越たのでした



帰宅する度 そこに【優しさ】は無く……




私 癌なんだけどな。




と思う日々が待っていました

気持ち悪いと吐き気止めを飲んでいても……


パートナーは 自分が食べたい物を食べに行こうと誘って来ます



「あれなら食べれるんじゃない」

「これなら食べれるんじゃない」


「俺 これが食べたい」……




更には【お酒】を買って来て

私に勧めました


当然 飲めません

飲む気にもなりません……


1口は飲んで見たものの

体調が酷く悪化してしまいました




【先の見えない】治療の中

このパートナーと一緒にいる事が苦痛になり 私は車を走らせ……


我が子達の顔を見に 毎日通いました



子供達の他愛もない会話を聞いてますと 何だか力が湧いて来ました



子供達 皆心配している素振りを微塵も見せず……

私も体調の悪さを微塵も見せず

その時間は笑い合える……貴重な時間でした



もう1回 頑張るぞと……

そう思うのでした



後にパートナーが【自閉症】だと分かるのですが……


振り返りましても 自閉症だけで片付ける事は出来ません



治療に専念したい私の邪魔をする



次第にそう思うようになって行きました


勝手に住み始めたパートナー

行く場所もないパートナー



この時 パートナーはSNSで

さも私を助けている人を発信していました


そして【仕事】を頂いていました



何の仕事か興味もないので

詳しく分かりませんが…アメリカに住む方とZoomをしていました



私が興味があるのは

【生活費】を入れてくれるか


それのみでした


この人は足し算と引き算が出来るのだろうか?


支出ばかりが増える日々

私は【いい加減にしろ】とブチ切れました



癌治療で私の仕事がストップしてる中………


もう【いい加減にしろ】と怒りが込み上げたのです



すると



「みゆきが働けなくなるなんて」

「俺の見込み違いだった」




こう言われました



どう言う意味なのか 瞬時に理解出来なかった事を覚えております



言葉の通りです



私に養って貰うつもりだったのでしょう

細かい話は忘れましたが…

ベラベラ色々自分の気持ちを話ていました



この言葉を聞いて冷静になりました




【無理です】




【養う事は出来ません】




そう言いました

「俺はこんな事がしたい」

「だから 今頑張っている」



何だかそんな事を言っていた記憶がありますが……


呆れてしまい 私は寝てしまいました



誰にも言えません

まさか 癌治療している時でさえ

こんな生活をしているなんて…



病院への送り迎えはしてくれましたが……実際は【それだけ】でした



生きるか死ぬかも分からない私が養う事など想像も出来ません


むしろ

【お前が養えよ】と思ってました



運良く癌細胞は死滅し

私は【生きる】チャンスを貰いました



しかし現実は 甘くはないのです



治療の【後遺症】が私を襲います

治療をする前の【残像】にも苦しみました


体が動かなくなり

たったこれだけに こんな時間が掛かるのかと……


自分が情けなくなるのでした



足は痺れ……ドクターも可哀想と言う程に下痢の後遺症で皮膚がただれました


御手洗が何処にあるのかをチェックしなければ外出が怖くて出来ません



自分の事で精一杯過ぎる毎日

パートナーが重荷になっていました



パートナーは月に23万円が必要でした


生活費ではありません

かなりの重荷です



例えば50万円稼いだとします

残るのは27万円な訳です


40万なら残りは17万………



だんだん【お金】の心配しか出来なくなって行きます



動かない体………

働いてるのかいないのか分からないパートナー



私の相談先は息子の事でお世話になっていた福祉の方でした



リハビリに行くと言って外に出ては 福祉の方に相談をしていました



「もし私の体が動かないままでしたら 私はどうやって生きて行くのでしょうか?」


「パートナーは頼りになりません」




答えは……預貯金が100万を切ったら【生活保護】が受けれます



そう言われました



【絶望】です



動かない体に焦りが出て来ました

とにかくリハビリしなければ…


少し動けば息が切れる

足が痛い……股関節が固まる



朝夕と時間を決めて 散歩をしていました



車の運転は避けました

突然下痢が襲って来るからです



ひたすら歩く

これのみを繰り返します



頭の思考が戻りません

余計なストレスを抱えているからです



大きな荷物は持ち運びなど出来ず

話し合いにもならず……



誰にも言えず………

人生のどん底へと引きずられて行きました




最後まで読んで下さり

ありがとうございます



【過去】ですので 書ける事

全て実話となります



何も知らない息子が この時

自殺未遂事件を起こし………


私の左親指は動かなくなるのでした



何も知らない



私自身がいくら自分を奮い立たそうと努力をしても………


どうする事も出来ない現実

思考は止まり………


その向こうに待っていたのは

もっと【悲惨】な現実でした





次回書かせて頂きます




☆気がつけば…リビングの温度が28度になってまして……


暑くて起きてしまいました┏●



このシリーズですが

どんどん【沼的】なお話が続きます



よくまだ生きてると……

いつも書きながら思っております┏●



私が私でいられたのは

古くからの友達と友人達のお陰だと心から感謝しています



みゆき