おはようございます( *˙꒳​˙ * )




温かいコメント

温かいメッセージを 本当にありがとうございます┏●





何度も読ませて頂いております。

本当に

皆様 ありがとうございます。




ここ最近の私は とっても『内蔵痛』と

戦っております。

骨盤内転移にて 腰痛‥‥下腹部痛が起こるとは知っていますが‥‥‥



ここまでか!!??

と驚く程【痛い】でございます。

こりゃ~~~『モルヒネ』最後には

当たり前に欲しくなる。と体感しました




そう思いますとね

49歳で他界した 父親の【立派さ】が

改めて分かるのです。

『痛い』も『辛い』も言いませんでした。




父が他界したのは

姉が22歳

私が21歳 弟が17歳の時でした




父が担当医師に

『痛くて眠れないから』

『睡眠薬なんかないですかね?』




と言うと 医師は

『あんたに渡したら あの世に行ってまうで笑』




と笑いました。

父は苦笑い‥‥‥私も苦笑い‥




痛くて眠れない。

これも 今少しだけ分かります




あの時は 本当に

【想像しか】してやれなかったな~。と最近思います



きっと痛いんだろうな

だから背中摩る事しか出来ないな‥‥‥



痩せて来て 床ずれしたら痛いやろな‥‥

ガーゼ貼っとこか‥‥‥‥




おしっこ娘に取られるの嫌やろな‥‥

ほな 目潰ってるから 

その間に『たっぷり出せや笑』とふざけてやろう。




とにかく 父が笑うよう

何も感じないよう‥‥‥

出来るだけ 長く生きて欲しい




そんな風に思っていた事を

最近思い出します。




反抗期

素晴らしい程の反抗をした私が 父と【和解】したのは

父が末期ガンになってから‥‥




父が入ったお風呂のお湯は

当たり前に【抜き】

お湯を入れ直す



帰宅して父が応接間にいれば

自分の部屋に行けばいいものの‥‥


わざわざ父の正面に座り

タバコを吸う

メンチ切る。




付き合う男を家に呼ぶ




『お前 えー加減にせい!』

と‥‥筋肉りゅうりゅうの父に首根っこ掴まれて


軽く持ち上げられても





『殴れよ はよ』

『どうぞ 感情的に殴って下さい』



冷静に淡々と メンチ切りながら言う私



父に感情的にぶつかった事など1度もない



母を無駄に庇い

子供を犠牲にしてる父が

大嫌いだった



今なら分かる

会社を起こした父が

母がアホみたいに騒ぐ事で

仕事が出来なくなるのを

【避けたかった】のだ




私と仕事どっちが大切なの!

私は育児も仕事もしてるの!


子供達叱ってよ!

こんな事した!!!!!

あんな事した!!!!!!


私辛いの!!!!!!!!!

私しんどいの!!!!!!!




と私の母は

どうしようもない女だ



父が母の納得する【行動】をしなければ


ずっと仏頂面して

父 子供達を無視し続ける





仕事するのに

邪魔な女でしかない



そんな女を庇ってるように見えた‥‥‥‥


3人の子供達を 庇って欲しかったのだ





だから 私は母ではなく

【父】に反抗した




お父さんが仕事行ってる時のお母さんと


お父さんがいる時のお母さんは【違うよ】




この手の女は 結構な割合で

みな‥‥そうだ



旦那の前では

【頑張ってる ワタシ】

なんだから。





そこが また分からない父が

嫌いだった‥‥‥



全ては子供達に

重くのしかかる。

とっとと 離婚して欲しかった




いつも‥‥父が理不尽に謝り

母と離婚しなかった。



何の為に‥????と

子供心に 父を憎んだ。



『俺に母親がいなかったから』

『子供には母親が必要だ』




そう言ったが

結局 自分の自己満だと

私は思った



どう考えても あの母親が

子供達に必要だとは思えなかったのだから




父が 母を切り離す事が

出来なかった【だけ】だろう


情け深い人だったから‥‥




末期ガンになり

父が『お母さんも連れて行く』と言った



『お前らに残したら お前らが大変だから‥‥』と‥‥





実際 母に

『一緒に死んでくれ』と父は言っている



もちろん母は 死なない笑




父が末期ガンになり

母も姉も めんどうを見なかった



『姿が変わって行くお父さんを見るのが辛い』


そう さも当たり前のような

そんな言葉を言ったが




1番辛いのは お前らじゃないよね??と私は思った



いつか‥‥大好きな祖母が

私に言ってくれた言葉



何色の髪の毛してても

みゆきは みゆきじゃろ!?


どんな姿してても

みゆきは みゆきじゃろ!!




これは 父に叱った言葉

私が 髪の毛の色を変え‥‥

父に叱られてる時の ばあちゃんの言葉




末期ガンの父に対しても

私は ばあちゃんの言ったよう

姿が変わっても 父は父だと思ったのだ




よって私しか介護する人がいなくなり‥‥‥

父と【2人だけ】の時間が出来たのだ



つい最近まで

有り得ない位 反抗していた私




お前だけは【男】として

産んどくべきだった。



と言われる程

女として手の付けれない私




父が花嫁姿だけ見たいと言ったから、元夫と交際0日で結婚した私



死んで欲しくなかった。




お父さん

ごめんなさいの気持ちで

一杯だった




私が反抗した気持ちを

分かって欲しかった




あんな女に振り回される お父さんを見たくなかった




情け深い。だけじゃなく

仕事に生きる男としての

【冷酷さ】の男らしさを‥‥

お父さんも持って欲しかった




『お父さん愛してる』

『お父さんがいなきゃ 生きてけない』


『お父さん』『お父さん』

『お父さんが1番大事』



そう言ってた母は

お父さんが亡くなってからも

22年 子供達を犠牲にしながら


たくましく生きてる



もう娘2人からは 見切りを付けられ‥‥今は息子からも

見切りを付けられてる




お父さん



お父さんは立派だった

だけど 本当に

あの女みたいな女が大嫌いで




私頑固になっちゃった笑




男を利用する女が

メソメソする女が大嫌いになっちゃった。



男の金を当てにする女が

嫌いになっちゃった。

お前も働けよと思うようになっちゃった。



子育ても

旦那の仕事の邪魔だけは しないようにと



せめて【気を使えよ】と思うようになっちゃった。



変に頑張ってしまう子供のまま‥‥大人になった様子




また、私と言う人間の

生き様を 我が子達が変化させて生きて行くんだね




私は 痛いと言ってしまうだろう‥‥


お父さんみたいに

『1人』で何も言わず

頑張れない



きっと『辛い』と言ってしまうだろう


闘病してても

【嫌なものは 嫌だ】と言ってしまうだろう




お父さん同様

私に【生きろ】と言う人達がいるの



スーパー早く

私は 自分が死んだ後の事を

考え 結論付け


そのスタンバイをしようとしてたんだけど‥‥




あの時の私と同じよう

我が子達は 【生きろ】と言う


周りのお友達も

みんな【生きろ】と言う




だから わがままな病人になろうかと思う


お父さんのように

立派になれない。




ただね 同じ病気して

本当に分かる


お父さん 痛かったね‥‥

呼吸 苦しかったね‥‥‥‥





あの時 分かってあげれなくてごめんね

これから どんどん理解して行くからね




もう少し

見てて下さい。



もう少し 生きようと思う

ちなみに 母には一切言ってません。



死んでも知らさないでと

遺言残してます。





お父さんを

また誇りに思います。

強かった。お父さんへ





最後まで読んで下さり

ありがとうございます




私の素直な気持ちです





☆体調悪く 昨日のワクチン打てませんでした笑


まっ どうせ1回しか打てないからね。





では また♡



3mama!!!!