書店でばったり会ってから
約3年後、
私が大学3年生になる春。
私はまたその同じ書店で
Iを見つけた。
その時のIは、
文庫本の置かれているコーナーの
隅っこの壁にもたれ、
足を投げ出して座って無心で
本を読んでいた。
(座ってはいたが、
いわゆる立ち読みである)
迷わず「Iさん?」と
小さく声をかけるとIは視線を上げた。
長くカールしたまつ毛、
切れ長の目、
通った鼻筋、
まるで彫刻のようだとその時思った。
「おぉ」
驚いた様子で静かにIは言った。
あまりにも不意を突かれたせいだったのか、
いつものIのビッグマウスは出なかった。
貪るように読んでいた本は
夏目漱石の「三四郎」だった。
私にその表紙を見せ、
「読んだことがあるか?」と言った。
「はい」と言うと、
ちょっと驚いた顔をして
「漱石の三部作知ってるか?」と
今度は挑戦的に聞いてくる。
「三四郎、それから、門」と
私が答えると、
「お、よう知っとんな」と笑った。
私が三部作は全部読んだと言うと、
またちょっと驚いた顔をして、
「オレはまだ三四郎の途中や、
自分、三冊とも本買うたん?」と
聞いてきた。
「本は全部家にあったから
私は買ってない」と言うと、
いきなり
「オレに貸してくれや。
オレ、本買う金ないねん」と
ヘラヘラと笑いながら言った。
本を買うお金がないとは。
今度は私の方がちょっと驚いた。
そしてその言葉に違わず、
Iは読んでいた本をそのまま書棚に
戻した。
こんなふうにIは何でもストレートに
話す人で、
私にはとても新鮮に映った。
それまでに聞いていたIの評判が
頭をよぎりはしたが、
私のその時のIへの好奇心にも似た
興味はそれを軽く吹き飛ばした。
ともかくもIに本を貸す。
あのIに。
周囲の人間から良くも悪くも
どこか伝説のように語られている
あのIに。
しかも夏目漱石の三部作を。
この事実は私を高揚させた。
ちなみにその時、
Iは留年しており、
私と同じ3回生だった。
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数日後、その書店で待ち合わせし、
私はIさんに本を3冊貸した。
夏目漱石の「三四郎」「それから」
「門」である。
これが全てのきっかけになった。
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