
今年も年末の昨日…、
我が祖国の長宗我部の御曹司。
長宗我部信親 殿の墓参りに行ってきました。
同じ敷地内には、私の家で暮らした数羽のインコらの墓もある。
それ故その墓参りとして、例年ならば11月の歴史イベント祭りの日に、墓参りと祭りの参加をしてきたんだが、去年と今年はそれをずらして墓参りだけは、12月として足を運んできました。
12月は長宗我部信親ら四国連合軍が、豊後府内の 大友氏 と共に薩摩島津軍と戦って、ここ大分市の戸次にて亡くなった月。
毎年合戦で亡くなった 12日 頃には、墓のある地区の方々が信親やその家臣…
ともに戦った讃岐国の 十河氏 とその家臣達。他大友氏などの戦で亡くなった人々を慰めるための…、
慰霊祭 をやって下さっている。
歴史や長宗我部などを好きなファンの方々も、遥々県外からもここを訪れて、慰霊祭に参加される方もいるくらいに…
縁ある地区で大切にされているということ。
長宗我部と同じ土佐国の人間としては、ありがたいことでと言いたいくらい。
昨日行ったらその慰霊祭の名残だろうか?
数日前に置かれたあとのように、
墓の前には、愛媛県今治市の酒が置かれていた。
今治市…、
どうゆう繋がりどうゆう方が、ここへ来て下さったのかしら?
随分と花や枯葉や枝が、墓の周辺に多く散乱していて、ちょっとびっくりして持って行っていた小さな箒とちりとりを使って掃除をしたが、今回は竹で作った 熊手 を持っていったんだが、去年程は雑に散乱しておらず。
安堵しながらも、できるだけ大きなものは遺さないようにと、落葉や枝そして墓に供えてあったような、誰かがまとめて傍に置いた枯れたものなど…
それが今治の人なのか…、慰霊祭の頃だとしたら、供えられた水仙の花が綺麗すぎる。
一升瓶の横に置かれていた枯れた花は、その慰霊祭の時のものかもしれない。
去年枯葉などが降り積もっていたのは、コロナ禍でもしやその慰霊祭自体が、控えられていたからかもしれない。
この地区には、若い人よりもお年寄りが多くて、小さな集落…といった場所だから、
信親の墓とは別の…、
只その現場を見た時の私的には、ちょっと酷いなと思うくらいの現場になっていたんだけどね。(笑)
だから今年は覚悟して熊手を持って行ったんだよ。
わかるぅ〜?
なもんで、その頃は暇さえあれば自転車でここまで、約30分…よく来てましたが、今は1時間以上かかってしまうから、バスの便も不便なんで、なかなか訪ねることが難しくなった。
バスしかない場所で、平日でも今では本数減らしてるのに、土日祝日となるともっと本数が少なくなって、自転車漕いでここまで来る根性も無くなっちゃった。(笑)
寒さは和らいだ日でした。 去年は風もけっこうあったけど、今年はそんな日で良かったよ。
「嶺」というバス停です。
佐伯や熊本行きのバスだと、ここへ来る坂の下の国道10号線のバス停では止まりますが、このバス停まで長い坂道を上がってくることになります。
降りる時はいいが、上りはけっこうキツイです。(笑)
ちなみに熊本行きの特急バスだと、随分手前の「戸次」(へつぎ)でしか止まらないので注意して下さい。
信親の鎧を埋めたという 鎧塚 は、左手から入って行くとわかりやすいよ。
この時亡くなったインコ達とは、ゆっくり心の会話ができなかったんで、年が明けたらまた行きたいと思ってます。












