今日でさようなら・・・・またね。 | サンドリヨンのブログ☆正統派歴女いざ参る!

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土佐の脱藩歴女が、いろんな歴史の旅と日常を綴ります。
 過去ログの(1564nhのブログ)では、本当に沢山の歴史を公開しています! 自分で書いておいて改めてへぇ~・・・なブログも、お時間ありましたら見てみて・・・・!!

2013年3月・・・・

賑やかだった多くの坂本龍馬縁の地からの ゆるキャラ さん達参加のイベント会場。 高知に くまモン が来たのは、この頃に2度程あったかな。 会場では大盛り上がりで、多くのファンや老若男女やら子供らが、一緒になってこのイベントを一日中楽しんでいた。

 

 

およ・・・・、 せんとくん は龍馬とは関係ない枠での参戦だったか。 他にもそうした参戦キャラも多数いたね。(笑) にひひ

 

 

沢山の人が毎週末には集い。

高知駅前のこの広場では、毎回素敵なイベントが開催されていました。 丁度大河ドラマで 龍馬伝 が放送された翌年からの事です。

 

 

私も当時毎月のようにして帰高していました。爆笑

 

 

その広場の奥には、今もある建物の中に入るとこうした日本家屋が置かれていました。 高知と言えばあの有名な歴史人です。(笑)

そう、 坂本龍馬 その大河ドラマで使われた、撮影用にスタジオに建築された。 龍馬の生家 が、当時聞いた話では 6千万円~7千万円でNHKから県が買い取り。

それをそのまままるごと移築して、高知市内JR高知駅側の施設内にて公開されてきたんです。

 

 

広場でイベントが行われていると、その度にこちらの内部の方へもお客さんらが流れてくれて、大盛況となっていました。キラキラ

 

 

これら全てが撮影で使われたものだとして、本来ならばそれらの世界に足を踏み入れる事ができない一般人の私達も、この建物で撮影が行われて全国全世界に放送されていたんだと、感動さえ覚えた事を思い出します。

 

 

坂本家の玄関前での当時結成されたばかりのおもてなしを仕事としていた。 土佐おもてなし勤王党 のメンバー。

左より 中岡慎太郎 武市半平太 岡田以蔵 ・・・・

これ以外にも、坂本龍馬 岩崎弥太郎 そして口上と司会進行役としての おりょう といったメンバーがいました。

 

彼らは高知県のPRも兼ねて、全国や海外にも活躍の場を広げて、キャストによっては2代目に渡って、約10年近く活躍をしてきたんです。

多くの歌のCDも発売して、そのリズム感と歌声で多くのファンを獲得していました。 土佐人独特のフレンドリーなおもてなしに、一度関われれば永久的にファンになる。

 

 

そんな人も多くこの地に導いてくれました。ほっこり

 

 

この隊は既に数年前に解散して、メンバーらはそれぞれの場所で頑張っています。

 

 

先日この地に久しぶりに神戸から、 神戸清盛隊 のメンバーらが来高されて、再びこの広場でイベントを開催して、地元のファンらを沸かせていたようです。 残念ながら私は帰国叶いませんでしたが、今でもこうして清盛隊の 平 清盛 殿が初めて高知にこの格好でやって来て、勤王党に活動継続決定の為の花束を渡した姿を、忘れる事はありません。

 

清盛殿曰く、この赤い衣装のまま新幹線と在来線を乗り継いで、高知まで来たと言う事でした。(笑) なんせ駅がすぐこの後ろにあるんで、この後また急いでこの姿で退場していったとした事。ウシシ

県外での活動の中で知り合い、交流を深めていった二つの隊は、互いのイベント広場にてイベントを開催したり、他県での活動でもその仲良しぶりを見る事が多かった。

元々関西と高知の人間のノリが似ているのか、あっという間に仲良しになれたようでした。

 

 

四国は平家縁の地が多いし、高知県も落人伝説が残る地。

 

 

なので清盛隊を暖かく迎える人々も多かったんですね。

 

 

 

 

 

大河ドラマ「龍馬伝」にて、坂本家を訪れた歴史人らが潜った門や座った縁側。 本物そっくりな屋根や瓦そして植物たち。

それら全てが作り物だって聞くと、目で見てびっくりな精巧さ。

畳はまんま新しい匂いがしていて、暑い季節になるとセミが鳴き。

涼しくなり始めると縁側で猫が鳴いていた。

 

 

施設内には龍馬の母親の部屋のシーンを撮影した母親の部屋や、多くの坂本家のメンバーらが集いご飯を食べていた居間。

坂本家の台所やあの 福山龍馬 が実際寝っ転がって、撮影もされた龍馬の部屋など・・・・・

 

初め龍馬の部屋には上がる事ができませんでした。

それは福山龍馬が使ったまんまの小道具らが、そこらへんに乱雑に龍馬らしく配置されていた事もあったと思います。

この写真で奥に見えている龍馬手作りの船という模型は、ドラマの中でも登場してましたよね。

 

 

後にこの部屋には特別イベントの時のみ、限定で入る事ができるようになり、その後は小道具を整理して展示。

一次いつでも入れるようになっていました。 私も特別イベントの限定で、室内に入って写真を撮ってもらったことがありました。ニコニコ

 

 

ドラマでは一応二階の設定だったようで、脇に階段があるものの実際は平屋といった作りになっていたんですよ。(笑)

 

 

冬の季節にはこうして雪までセッティングされて、本物の水が巡回して中庭から台所の洗い物の為の場所まで流されていました。

さすがNHKと思うほどに、徹底した作り込みにちょっとした縁側の下の作りや廊下の作りに、こりゃ今すぐここに住めそうだねと、皆で言った事も思い出します。

 

 

実は今年・・・・

 

 

この 幕末志士社中 と呼ばれた龍馬の生家のセットが、公開10年以上経過して一定の集客と観光に貢献したとして、解体が公表されました。 来春からNHKの朝ドラで放送となる、高知県縁の植物学者 牧野富太郎 の人生をドラマ化した 「らんまん」 といった放送が決まっていて、これからはそれに力を入れて高知県をアピールしていきたいと、市が新たに観光誘致計画を発表したんです。

 

 

そのドラマでは、多少の脚色と主人公らの名前のもじりなどもありますが、富太郎を主人公にしている事は間違いありません。

その主人公を 神木隆之介 その妻を 浜辺美波 が演じると発表になっていて、高知県出身の俳優らも多数出ると決まっているので、久しぶりに県をあげて頑張ろうとしているんだと思います。

 

 

その為の新しい施設作りもあり、長らく公開されてきた龍馬の生家セットは、解体すると発表になったんです。

それ故にその事を惜しむ人らも沢山いて、まっ・・・・私もその1人なんだが、今年 7月4日 よりこの龍馬の生家を無償でお譲りしますと公募が始まったんです。 これは県内に限っての公募であり、無償ではありますが解体と移築の費用は自己負担となり、当初は多くの企業を含めて問い合わせが寄せられていたんだそうだが、やはり一度でもこの生家を訪れた人ならわかると思うが、床面積374平方メートル程もある大掛かりなセット。 すべてを移築となるには土地もそれなりに必要となる事で、一部の分割移築や野外でも展示できるかとした問い合わせがあったそうです。

 

 

ですがこの建物はスタジオ内に作られていたもので、屋根があっても本式の屋根ではなくて、撮影用に吹き抜け状態であり、作り物なのですよ・・・・・当たり前ですが、そして防水効果も施していないので、野外展示は不可能となり、一部の部屋のみの分割は難しいとなったんです。

 

 

企業や自治体からも問い合わせが相次いだが、もし取り壊し処分するとなると県知事の承認も必要となり、おまけに観光振興に活用する事など、必要条件も付いていてそうした事で、結局譲渡されたい事を諦めるところが相次ぎ。

結局昨日までに1件も譲渡してもらいたいとした相手が現れませんでした。 とても残念な事なんですが、私やファンらの思い出も詰まったこの場所は、本日 8月31日 を持って最後となる事が決まりました。泣き笑い

 

 

建物は9月中に解体撤去されるようです。

 

 

セットだっただけに、玄関入って先に見えていた二階への階段上を見ると、こうしたスタッフの書き込みも残されていました。

実際は二階へは上がれません・・・・(笑)

時には生家の居間にて、昼夜のイベントも開催されて・・・・・。

私も幾度となく参加をしました。

土佐おもてなし勤王党が仕切り、キャストを円で囲み即興ドラマ仕立てな芝居が行われたり、面白楽しいひと時を過ごした事も忘れられません。

 

 

ほんとこの施設内のセットは、古き良き日本家屋の作りで、廊下の板を踏みしめる足裏の当たりも、畳の上に座る感触も・・・・

子供の頃の家を思い出して、あるいは田舎の親戚などの家を思い出す人もいて、土佐路の暑い夏などは、一度このセット内に入るとホッとできて、暫くは外に出たくなくなるほどでした。(笑)

それでスタッフの方らが人数制限や時間制限を設けた事もあったけど、それくらい愛された証拠というもの・・・・・

勿論勤王党のメンバーを待っての事もありましたけどね。(笑)

 

 

その時は御迷惑をおかけしました。てへぺろ

 

この建物の立つ奥に、龍馬の生家のセットが移築されて展示されていました。 残念な事にその事に気づかない観光客もいて、それが撮影に使われたセットだと知ると驚く人も多かった。

そして最後まで高知を訪れても、知らないままで終わった人もいたと思う。 高知県民はあまりそうした事をひけらかして、宣伝するの下手なんで(笑) それでもオープン当初は話題ともなっていて、取り壊しが決定した後は地元新聞の記事では、6月には一日724人が訪れて、7月は838人8月は約1200人が訪れたとありました。

 

公開から昨日までの集計では、 約190万人 が訪問したとの事でした。 多分我々ファンとして集う人間らが、同じ日に繰り返し訪問した人数も入っているので、なんとも言えませんがそれでも多くの人らが訪れたとした証でした。

入場料500円を取っていた時もありましたが、無料開放の時もあり今日は無料開放として夕方6時まで、最後の時を刻んでいるようです。

さて、どれくらいの方々が当地を訪れたのでしょうか。

 

 

私も地元に帰れたならば、もう一度最後に訪れてみたかったです。

私にお金と土地があれば、思い出の地を移築させてみたかった。

まっ、そうゆう思いがあったとした事ですね。(笑)

 

 

初お披露目の頃の初期メンバー達。 毎年出すCDの題名と共に、外の通路にはこうして幕が飾られていました。

内部ではこうして貸衣装を着て、セット内で撮影もする事ができました。 私も訪問何度目かに、勤王党のファンに龍馬の衣装で撮影してもらいました。

 

この通路を福山龍馬やその他のキャスト俳優らも往来?

 

 

そうゆう風に思いながら、見て周るのも楽しかったですね。

 

歴史ファンや大河ファンなど、そしておもてなし勤王党ファンらが集い。

居間や生家のセット内で、いろんな話しに花を咲かせた事。

セットの公開後半では、コロナ前までかな・・・・

セット内の畳敷きの部屋を使い。

ワンコインほどでお菓子とお茶のセット販売を行い。

AセットBセットとして、訪れる人らに癒しの提供をしていたようです。

その頃には私は帰国する事がなかったんで、残念ながら室内で頂いた事はないのですが、勤王党のブログなどで紹介がされている事がありました。

 

 

年数と共に週末のイベントは賑わっても、セット内部に入る人の数は減っていき。 何かのイベントや呼び込みがあって、内部に入る人が一時的に増えたり減ったりを繰り返していた。

それも経過と共によくある事で、致し方ない事だと思うのですが・・・・

最後の方はセット内の雰囲気を、その周辺通路で変えてみたりして、話題作りにも努めていたように思います。

変わらなかったのは生家セット部分だけ・・・・・・

 

 

 

一応NHKの大河ドラマからの移築ですからね。

買い取りとはいえ、勝手な事はできないしね・・・・・ニコニコ

 

 

内部を使ってこんな素敵なジャケット撮影なども行われてました。

 

高知市での龍馬の家があったであろう場所はわかっていますが、それを残す史跡はありません。

時代考証にて再現されたドラマセットが、当時の家を思い起こさせる事となりました。 きっと坂本龍馬はこうした場所に生まれて、青春期を過ごしたのだろうと・・・・。

彼の短い人生の殆どは、この土佐の高知で過ごした日々です。

 

 

龍馬の家坂本家のメンバーらの墓は、今も高知市に残されていますが、龍馬の墓だけは当地にはありません。

共に襲撃されて後に亡くなった友でもあった 中岡慎太郎 の遺髪墓は、故郷北川村にありますが龍馬の遺髪も衣装の切れ端などを納めた供養塔などもありません。

それらが当時の土佐との繋がり、厳しい掟を思い出させるようなものなんですが、せめて何かあればと残念に思う事もあります。

しかし当地には、彼が脱藩するまで過ごした人生の時間と場所があり、土佐での繋がりがあった多くの友や仲間らの墓なども残されています。

 

 

龍馬を知る為には、やはり一度は高知を訪れて高知を感じてもらう事が、彼を知る旅をする事が大事だと思う場所です。

 

 

そして旅の終わりには、大河ドラマのセット内でゆっくりしてすぐ隣の高知駅から、自らの地へ出発して欲しいとした思いでした。

私も何度かJRを使い帰路した時に、ホームから見る幕末志士社中の建物と、イベントに急いで参加した事を思い出しました。

イベント終わりにその場から、帰路する為に駅へ向かうファンらも多くいました。 それくらい便利のいい場所に生家のセットが置かれていたんです。

 

 

大河ドラマが放送された翌年の 2011年 よりPRに一役をかってこの場所に移築された龍馬の生家セットは、本日31日をもって最後となります。 明日9月1日より来年3月24日までは、改修の為にセットが収められていた館は休館となるそうです。

多分来春のNHK朝ドラ「らんまん」の為の展示などに向けて、新たなる高知のPR展示に向けて、そして観光窓口への対応に向けての生まれ変わりを図るのでしょう。

それはそれで楽しみな事です・・・・・、既に地元の新聞記事によれば、牧野富太郎が植物採取などをした地域での・・・・

観光を兼ねたツアーなどが始まるそうで、高知市内には牧野富太郎の資料を展示する植物園も、もう既に何十年も前からある事だし。

新たに注目される事となれば、嬉しい事だと思います。

 

 

牧野博士は酒蔵の息子として佐川町に生まれて、実は相当な浪費で家を潰しているそうだ。(笑)

でも東京の大学などで勉学を振るい。 各地を旅して今静かに注目されている事があってね。 それは当時彼が各地で植物を採取して、植物の押し花づくりなど標本作りに使った当時の古い新聞記事が、実はその当時の各地の出来事を知るきっかけとなっているとして、ここ九州の地でも注目されていてお隣宮崎県などからも、高知県の植物園に問い合わせがされていて、植物などを挟んだり採取した時に使われた古新聞の記事を調べたいと、にわかに注目されているんです。

 

その時使われた新聞紙の数・・・枚数だけでも膨大で、これまでは過去に捨てられていた分もあったそうだが、今は大切に保管されていてその記事内容を読み解くと事で、これまで知られていなかった地元の事柄や出来事を知ることができるとして、各地から問い合わせが来ているんだと、植物園の記事にもなっていました。

考えてみれば、確かに新聞紙は現地調達であり、その時々の話題や出来事が出ている事では、歴史書にも出ていない出来事などもあるはずで、面白い発見もあるかもと思われても当然ですよね。

 

 

植物園でもまだ確認していない標本での新聞が沢山あるとかで、ドラマをきっかけに龍馬に負けない発見があればと期待も大きい。ニコニコ

 

 

私の子供の頃には、小学生だか中学生だったのか思い出せませんが、確かに国語の教科書で牧野富太郎の事を習った覚えがあります。 他にも高知県縁の ジョン万次郎 を英語の教科書で習ったりとか、多分今の教科には出てこないであろう。

地元の歴史人を習っているのに、その後を思っても当時を思っても、私達土佐人もあまり注目してこなかったんですよね。(笑)

坂本龍馬を一番知らない地元民という事でもわかる事だが、無頓着な人が多いんですよ。(笑) でも、きっかけと面白さがわかれば、一度はとっついて調べようとはする。

まっ、その先が続くかは難しいところですが、土佐人は熱しやすくて冷めやすい面もあるんで、まずこうした歴史人の事で県や市をPRさせる為には、地元民らの気持ちに火をつけないと、難しいところですわ。(笑)

 

 

いや、好きな人は好きなんだけどね。(笑)

 

 

あんまり注目されると変なやっかみひがみが顔を出してくる人もいるんですよ。 坂本龍馬の例もあるし、困ったもんぜよ土佐人は・・・・

 

 

実は土佐には、高知市にこんな 板垣退助邸 の門の移築も残されているんですけどね。 私もつい数年前まで知らんかったくらいに、観光としても告知されてこなかったんです。

勿体ないことですわ・・・・、あの板垣邸の門の移築建造物ですよ。

勿論たいして歴史的価値はないかもしれませんが、これだけの大きさを誇っていて、歴史人としても有名な板垣さんの  の門ですよ。

爆笑

 

アンチもいいが、地元PRにはもう少し地元を知る人を育てた方がいいかもしれないね。(笑)

 

 

同じ市内にある 掛川神社 の側では、別の案内標識を見る事もあってね。 そこにはこの地に長崎の浦上から、隠れキリシタンらが当地に送られてきたとした事も書かれてあった。

 

 

まさか長崎から遠く離れた高知市内に、浦上に住んでいたキリシタンらが流刑として流されてきていたなんて、正直私はそんな事をその時までまったく想像もしていませんでした。目

 

 

土佐は古くから流刑の地でもあった事で、多くの歴史人らが絡んできていて、この先現在放送中の大河ドラマ 鎌倉殿の13人 でも、その名を聞く事になるかもしれない 土御門上皇 ・・・・

彼は 北条義時追討 の出た 承久の乱 にて土佐に流れて来たとした史実もある。

源 頼朝 の弟 希義 の墓があったり、いろんな歴史人らと絡む事ができる土地柄でもある。

なので本当に、歴史を知らないと勿体ないと思う土地なんですよね。

 

 

出会いと別れは何時の世でもある事。

いろんな沢山の思い出が詰まった場所が、また1つ消えてしまう事はやっぱり辛いけど、新たなる出発と思って今回の龍馬の生家の解体を受け入れるしかないね。笑い泣き

でもそのセットを買い取った時のお金・・・・、多分もう回収もできているとは思うが、それでもなんかやっぱり

 

 

 

勿体ないわぁ~~~!!!あせる

 

 

 

企業や自治体らの努力も虚しく、移転先が決まらなかった事は残念でなりません。 これでまた新しい龍馬縁の場所が無くなっちゃったね。

次はドラマ「らんまん」の地としてお会いしましょう。ぼけー

 

 

(土佐おもてなし勤王党と神戸・清盛隊とのコラボイベントで一緒に記念撮影)

 

こうした写真を見る度に、やっぱりいろんな思い出が甦って来る。

 

 

先日の 27日 だったか・・・・

 

 

やはり思い出が詰まっているとして、わざわざ神戸より清盛隊が駆けつけてくれて、龍馬の生家・・・幕末志士社中最後のイベントを開催してくれました。 

清盛隊のメンバーさんらは、大河ドラマ 「平 清盛」 の頃より結成して、未だにメンバーチェンジが行われていないという。

古参な隊となりました。 勤王党は途中でキャストの人間が交代して、役柄は一部変更もありましたが、2期メンバーに渡って活躍をして終わりました。

 

 

この隊の復活も望みたいところですが、幕末志士社中が無くなった事で、活躍の場は永遠に無くなっちゃった。(苦笑)

それでも当地では、多くの勤王党らの墓もあり、未だに手を合わせに来る人らもいる。 その事に繋げた彼らの活動や生家セットがもたらした高知との繋がりや観光客らの訪問。

 

 

決して無駄にはならなかったこれまでの出来事と存在は、私の中でもずっと永遠に残り続けます。

幕末志士社中のスタッフメンバーさん達にも、一区切りとしてお疲れさまの言葉を送ります。 また新たなる出会いを求めて、帰国した時には改めてその場を訪ねたいと思います。

 

 

 

これまでの活躍そして努力と頑張りに、 ありがとう と送ります。

 

 

 

そしてさようなら幕末志士社中・・・・・泣くうさぎ

 

 

 

とっ、ところで・・・、解体された木材などはどうなんの?

まさか燃やされてお終い・・・・、それは想像したくないわ。(笑)

 

 

余談・・・・、きっと福山龍馬の部屋は、欲しかったファンがいたんじゃないかな。(笑) 小道具もみんな破棄されるのかな?

龍馬記念館や龍馬関連施設での展示もないのかな?

ちょっとそれが疑問として残りました。

 

 

福山さんのファンではないが、福山龍馬が手作りしたというあの船の模型は、燃やしてしまうには惜しいかと・・・・・(笑)

 

こうやってね、大河ドラマや特別番組で放送された龍馬関連の衣装や小道具が、高知県下の各施設に残されて展示されているんですよ。

そうゆう風に残されたら、また訪れる人も楽しいかと思うんだけどね。

ウインク

 

 

 

あと数十分・・・・・

 

 

素敵な思い出作りをありがとうございました。

幕末志士社中よさらばでござる。チュー