歴歩3 博多祇園山笠ぶ~らぶら♫ | サンドリヨンのブログ☆正統派歴女いざ参る!

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土佐の脱藩歴女が、いろんな歴史の旅と日常を綴ります。
 過去ログの(1564nhのブログ)では、本当に沢山の歴史を公開しています! 自分で書いておいて改めてへぇ~・・・なブログも、お時間ありましたら見てみて・・・・!!

観劇ついでに、博多の街はこの7月1日より、祭りの賑わいでもあるという事で、劇場への道のりをわざわざ炎天下・・・・歩いてみました。

 

しかし、本当に暑かったァ~~。 ( ̄▽ ̄;)

 

なるだけ照りつける太陽を避けて、建物の影を歩いたんだけど、それでもどうしても陽の中へ出て行かねばならない場所もある。

この3連休中は、日に日に高温注意報の数値が上がっていたけど、どうやらこのお天気は、この後も7月いっぱい続きそうですね。(笑)

 

さて、2つ前のブログでも、偶然見ること叶った サザエさん の山笠の写真なんかも載せましたが、まずは山笠の説明とその祭りの歴史をば・・・・・ご紹介しますね。

 

博多祇園山笠 が始まったとされる起源は、はっきりとした時代はわからないそうです。 でも、この祭りと関わりの深い神社である・・・・櫛田神社 に残されたものによると、 仁治2年 ・・・・・

1241年 聖一国師 が、疫病除去のために、施餓鬼棚に乗って祈祷水 (甘露水) をまいたのが始まりという・・・・・今は、この説を取っているんだそうです。

 

聖一国師とは、 承天寺 の開祖とされた人物で、鎌倉時代に宋に仏門修行に行かれて、博多の地に戻られた方だそうです。 

この承天寺は、現在も博多駅周辺に存在しています。

 

今京都の街でも、祇園祭が行われていますが、この祇園祭りの始まりも、元は京の都の疫病や災厄除去から始められたもの・・・・・

これが、 祇園信仰 というもので、歴史で言えば京都の方が、現在の祇園祭につながる 御霊祭 という祭りを、少し早く始めていたようです。 そうした祇園信仰が、地方にも伝わって行われたのでしょう。

 

下にいる人間の大きさから比較してみると、 山笠 のその大きさが

どれだけのものかよくわかりますよね。 でも、昔々は十数メートルもある 飾り山笠 が沢山あったんだそうです。

 

走る飾り山笠 と異名を持つのは、現在八番山笠上川端通りのものだけ・・・・。 明治中期になって、福岡市内に電信・電力線が設置されて、その高さはどうしても低くせざるを得なくなってきました。

 

その事から、実際に動く山笠と飾り山笠とに、分かれる事となった。 その八番山笠を支える人達は、山笠ファンの一般サポーター他、市民有志・地域企業・学生や行政職員など、総勢400名ほど・・・・

 

昨年は見送りに、映画 「スターウォーズ最後のジェダイ」が登場したっていうから、歴史を重んじながらも、現代にもマッチした・・・観客をも喜ばす事も、忘れてはいないようだ。(#^.^#)

 

 

見送りというのは、どうやら表裏な関係みたいだね。

こちらのキャナルにあったゴジラの表・・・・・確かに戦国武将だったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

私が丁度キャナルに到着した時は、昼丁度の頃・・・・・。

時間が合えば、施設内の運河にて、一日何度かのこうした噴水演舞を見ることもできる。 ここには、ホテルや劇場・映画館やショッピングモールなどといった多くの施設が立ち並んでいる。

 

お手頃なお値段の福岡土産なども、この運河沿いでは売られていましたよ。 (´∀`*)

 

 

     しかしよくできたゴジラやなぁ~~。

 

 

 

 

 

福岡市内を流れる 那珂川 ・・・・。夜になると、この川沿いに沢山の屋台が立ち並ぶ。 私はそれを横目に劇場から天神のバスターミナルへと急いだけどね。 1ヵ所だけ・・・・、高知にいた時にも嗅いだことがあった。 懐かしい博多ラーメンの匂いがした。(@ ̄ρ ̄@)

 

あれは絶対美味い! 次回は是非とも寄ってみたいものだ。

 

高知にもね、博多ラーメン食べれるお店があるんだよ。

福岡の人に言わせたら、本物のとんこつはとんでもなく臭いよと言われたが、高知で食べられるのは、一般人でも食せるまろやかな味なのかな・・・・・。 私は塩とんこつが好きだったけどね。

 

今でも高知へ帰った時には、時々その味を求めてしまう。

 

夜の街を天神へと歩いていると、那珂川沿いだけでなくて、意外に

天神ビル街の通りにも、所々屋台が出ていて、へぇ~こんなところにもあるんだって、驚いたけど・・・・。 外から見える感じでは、けっこう若い人も女性も沢山集まっていたよ。

 

 

私が最初に歩いた 国体道路 という通り。 その通り沿いを横に見ると、いくつか細い路地みたいな対面道路などもあって、写真のような場所なんかを見ると、少し湾曲してそこに存在している。

 

きっと、ここはその昔・・・・川の一部ではなかったのかなと、思ってしまった。 博多の街は、元々埋め立てられた所が多い街だからね。

 

こんなお店が立ち並ぶ通りの一角に、朱色の鳥居を発見・・・・・

通りの入口付近にあったこちらの小さな社は・・・・・

 

 

いくつかの神様をまとめたものだったみたい・・・・・地域の人達に愛された歴史あるものなのだろう。

 

街散策って、こうした何気ない通りとか、小さなお宮さんとか・・・・そんなの見つけるだけでも、私的には嬉し楽しくなる。

 

そう言えば、天神大丸の裏では、こんなモニュメントも見つけた。

カバさんもいいけど、なんだこのクマ?パンダ?・・・・・・て、近寄ってみてみたら、これ中にいっぱいペットボトルの蓋が入っていて、多分通りがかりの人達が、持ち寄ってここへ入れているのかなと思った。

 

なかなかユニークなオブジェだな✩ この場所では、頭上よりミスト

シャワーが噴出されていた。 

 

櫛田神社へと向かう途中でね、キャナルを出て少し国体道路を歩いていたら、こんな店も発見。 さすが福岡ですねぇ~~。 

 

この先にけっこう大きなお寺さんがあってね。

丁度櫛田神社の向かいになるんだけど、 萬行寺 っていって、

中へお邪魔させてもらったんだけれど、これが素晴らしく広大な敷地でびっくり・・・・。 本堂の中へ入れそうだったんで、中へ入って手を合わせて祈ってきたんだけど、外へ出て気がついたんだが、このお寺さん・・・・初め地図を見て、思いつきで行ってみようと思ったんだけど、どうやら私の守り本尊である 普賢菩薩 縁だったみたいで、凄い

ご縁を感じてしまいました。 もしや呼ばれちゃったのかな・・・・・。

 

お寺で一息ついて、そしていよいよ櫛田神社へ向かう。

 

 

あ~~、10代後半から20代前半にかけて、よくこの 「櫛」 っていう字を書いたなぁ~~。 て言うのは、私の文通していた相手で、岐阜市に住んでいたその子の苗字が、同じ「櫛田」だったんだよ。

私が初めて新幹線に乗って、岐阜まで行って・・・・初結婚式参列した人だった。 初めてづくしの櫛田さんとの思い出。

 

だからこの神社の名前を知った時も、何かしらの縁を感じてしまった。

ところで、うちのPCで「くし」の字を変換したら、神社の表示と違う字しか出てこない・・・・。よってこの「櫛」でご勘弁を・・・・・m(_ _)m

 

ここは 757年 に創建された総鎮守の神社で、博多祇園山笠では 7月15日 の山笠フィナーレ当日早朝に、追い山笠が櫛田入りをして、ここからスタートして街中を巡るんです。

 

 

この日はそのフィナーレ前日だった為か・・・・

既にいろんな局などのカメラもスタンバイしていて、この広場を囲むようにして数十台のカメラが睨みをきかせていた。( ˆmˆ ) 

観客席も準備万端!

 

7月1日当番町お汐井とり というのが始まり。

夕方、博多区の石堂橋から東区の箱崎浜までの3キロを、山笠の

当番町が走り。 浜でお汐井と言われる 浜砂 をとり、テボ と言われるカゴのようなものに浜砂を入れて持ち帰る。

 

また9日の 全流お汐井とり という行事では、完成した七流の山笠の前に、それぞれの流の人々が集まって、箱崎浜まで駆けて行き、お汐井をとり、これを祭り行事に出かける前、身に振りかけて

事故などが起こらないようにと祈願する。

 

11日には、他の流の区域に出るところから、櫛田入りという神社への入りを練習する。 それに参加する七流とは、博多の街中に点在する西流 千代流 恵比須流 土居流 大黒流 東流 中洲流 の事。

東流だけは、この後博多駅広場まで、行くらしい・・・・・

ちなみに 「流」 と言うのは、前にブログで紹介したけど、ひとつの

山笠を運営する町の集合体で、運営やしきたりは各流で異なるらしいが、精神的には皆同じ仲間。 現在でいう学校区や自治組織の呼称という事です。

 

12日には、追い山ならし が行われて、午後3時59分に、大太鼓の音を合図に一番山の櫛田入りから始まり、二番山が4時5分にスタートして、その後5分毎に出発。 「オイッサ オイッサ」 の掛け声を響かせて、一気に祭り気分を盛り上げていく。

 

 

13日 ・・・・ 集団山見せ では、午後3時30分から順に、

博多区呉服町交差点から天神の福岡市役所まで走る。 この時は、

まだタイムを競う事もなくて、皆まだ穏やかな顔つきらしい。

 

14日 ・・・・いよいよ最後の調整に入り。

 

15日 ・・・・・ 追い山 がスタート!

午前1時過ぎから櫛田神社前に次々と山笠が揃い据えられる。

夜明けが近づくにしたがい、関係者も観客も増えてきて、午前4時59分・・・・櫓の上で大太鼓が打たれ、それを合図にして一番山笠が櫛田入りでの清道内に入り、清道旗 を回ったところで一旦留まる。

 

はち巻をとって見物客も巻き込み・・・一番山笠の人間だけが許されている。 博多祝い唄 を大合唱・・・そして、博多の街中へと飛び出していく。 七流は朝焼けの博多の街を、30分に渡って廻り止めを目指して疾走するのだ。

 

尚これ以外にも、10日と11日にも本番へ向けての行いがあって、

10日には午後4時~6時にかけて、流ごとにそれぞれの区域内を廻り、重さ1トンの山笠が、その担ぎての肩にのしかかる。

 

11日には午前5時~6時にかけて、 祝儀山 とも言われる儀式があり、長年町に貢献した長老が、台上がりを務め・・・・山笠に子供が上がる事も許してもらえる。 皆で祭りを祝う行事なのだ。

 

こうして1日~15日まで、着々と準備を進めていって、本番で大盛り上がりとなるのだ。 ・・・・・・て、・・・・実は私もそんな祇園山笠の本番を、まだ体験した事がない。(ヽ´ω`)トホホ・・ 話しに聞け飾り山笠を見るにつけ・・・・・。 この日も、勇ましく法被姿にふんどしの格好をした男衆を沢山見かけたけれど、どれもこれも気合が入っているような顔つきで、なんだかとっても本番を、是非この目で見たくなった。

 

来年・・・・・、ちょっと考えてみようかな・・・・・。

本番でないにしろ・・・街中を走る姿を、一度見てみたいわ。 ( *^艸^)

 

こちら櫛田神社では、ほぼ一年中飾り山笠を見ることができ、・・・・・

自動照明案内機 なるものに、100円を入れると山笠の解説もしてくれるらしいよ。 境内には 博多歴史館 もある。 なんでも結婚式が一番多い神社としても知られているんだって、・・・・・・

 

この山笠の裏手に回ったら・・・・・

 

如水九州平定功 とあるだけに、いろんな家紋も見えますが・・・・・・目

 

勇ましい軍師 黒田官兵衛の飾りもありました。 この山笠の側の出入り口から外へ出ると、丁度 上川端商店街 のアーケードへと行くことができます。

 

 

 

 

櫛田神社の境内で、こんな立て看板を発見しました。

川上音二郎 ・・・・・私この人、ずーっと大阪の人かと思ってました。 第23作 1985年 昭和60年の大河ドラマ 春の波涛 という作品で、この川上音二郎も登場しました。 主人公の松坂慶子 さん演じる日本の女優第1号となった 川上貞奴 の起状に富んだ半生を描いた作品でしたが、彼女が最後に選んだ相手が音次郎で、渡米先で女優になるという物語。 音次郎役は、歌手でもある

中村雅俊さんが演じました。

 

 

私の頭の中には、この オッペケぺーの音楽が流れていた。(笑)

こちらの像は、博多座向かいの上川端商店街を抜けた場所にありました。 どうやら彼の生まれた生誕地が、博多座裏の昭和通り付近にあるようです。 

 

 

で、その川上音二郎さんの立て看板の側には、何故か小便小僧の姿が・・・・・(笑) 神社なのに、ここだけ洋風?

 

櫛田神社周辺には、博多の町の歴史を紹介する ふるさと館 や

伝統工芸館 などもあり、 「角のうどん」 が博多なまりになった・・・・かろのうろん 店もあり、こちらは創業明治15年と、大変古い歴史を持つ博多名物となっているうどん店でもある。

 

それ以外にも、周辺にはとにかく寺院が多くて、これらも鎌倉・室町・

戦国と続く歴史や、太閤町割り 博多町割り などに通じる歴史として、今も存在しているのです。

 

この界隈本当に、楽しい散策場所でした。 ヽ(*´∀`)ノ

 

 

 

 

どこもね、・・・・じっくりと見ていただこうてな事からなのか・・・・・。

こうして飾り山笠の前には、椅子が置かれていて、通りがかりの人々が座っては写真を撮ったり、お話しをしたりと憩いの場となっていました。

 

 

 

 

 

夜になると、それぞれにも明かりが灯ります。

この大きなものが、実際担がれて走るんですね。 とてつもなく重たくて、大変なバランスを要すると思うんだけれど、夜に通ってみたら・・・

若くて男前のイケメンが、法被にあのふんどし勇ましい姿で、仲間と共に談笑してました。 (〃ω〃) あんなイカした若い男衆もいるんだね。

 

   山笠は全て、博多人形師が手がけているんだそうですよ。

 

だからかこちらの娘道成寺の顔立ちも、お人形さんのような綺麗な顔立ちしている。 只の担ぎものではなくて、手の込んだものなんですね。

 

 

こちらの上川端商店街は、紹介によっては 博多川端商店街 とも言うようで、とにかくその全長が400メートルと、とんでもなく長いアーケード街となっているんです。 そこに125店舗ほどの歴史ある商店が並び、ここへ来て博多のお土産をゲットする事もできる。

 

私のリサーチによれば、庶民価格なお手頃なものが、沢山ありましたよ。 所々にある食べ物屋さんなんかも、凄く良心的な感じでした。

 


思わずカメラを向けてしまった。 (笑) 条件付きだけれど、びっくりやろ50円 だぜ!! びっくり

 

 

そしてこれが、初めに書いた昨年の見送りに紹介された山笠の作品。

ひとつひとつパーツを見てみても、なかなか凝りに凝ってますよ。

 

これが置かれていたのは、商店街中程に位置するお店。

川端ぜんざい広場 さん。 大正初期から食べられていたぜんざいを、週末とイベント時だけ食べさせてもらえるお店なんだそうだ。

 

金・土・日・祝そしてイベントのある時のみの営業。

時間は11時~18時 ・・・・・この広場での山笠は、常設展示らしいよ。 櫛田神社側からだと左手、博多座側からだと右手にあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さすが、ソフトバンクの街だね。 (´へωへ`*)

 

 

こちらの商店街では、山笠に関わるグッズとか博多人形や和小物

通りは戻るが、かろのうろん店さんの向かいには、レンタル着物など貸してくれるお店もある。 私は旅先で、その地域の人がよく使うようなこうした商店街や、地域密着な量販店とか・・・・よく歩くしよく行くんだよ。

 

それは、その地域の特色や人を知るのに役立つからね。

良心的で人も親切で満足行く旅となりました。 (*^^)v

 

 

        あっ、ドキンちゃん・・・・・。

 

そうか・・・・そうだね。 この街にも、アンパンマンミュージアムがあったんだね。 その第一号は、私の故郷の隣、高知県香美市香北にあるけれど、いつの間にか日本に沢山できてしまった。 (苦笑) 

 

原作者が、私と同じ香美市・・・・昔は市ではなかったけど、そこの生まれで、香北の小さな町中にはアンパンマンキャラが並ぶ通りもある。

ミュージアムと併設したホテルが、先頃リニューアルオープンしたばかり。 いつか本当のパンマンの故郷である香北にも来て欲しいな♬

 

博多でのアンパンマンミュージアムは、丁度博多座のお隣のビルの中

そこの5,6階だそうだ。 正式名称はアンパンマンこどもミュージアム

 

さて、商店街を抜けて、博多座のあるところまでやって来た。

ここ 博多リバレイン にあったのは、 神話因幡之白兎

 

 

そしてその表になっていたのが、蒙古襲来博多湾 の飾り山笠

 

これらもみ~~んな博多人形師が、手がけているんだよね。 

贅沢だなぁ~~・・・・・。えがお

 

 

この作品も、2つ前のブログでサザエさんと共に紹介した。

命運耳川の合戦 での豊後大友宗麟と薩摩島津三兄弟の図だ。 夜になって明かりがついてみると、そこに浮かび上がって見える姿も素敵ですね。 帰りに、この山笠というものに、表と見送りという裏があるのを知って、気づかずに見落としていたもう一つの作品を覗いてみた。

 

 

どうやらこちらの山笠の図は、表が 黒田関ヶ原之陣 で、その見送りの方が、耳川の合戦だったようです。 三成もいるぞぉー・・・・・

 

山笠は常設のものを除いては、15日の祭り終了後には、全て解体されてしまう運命なんだそうです。

以前行った福岡市博物館内にも、黒田官兵衛のいる立派な山笠が、常設展示されていました。 祭り時に見学するなら14日までにね。

 

これらを制作している人形師の方の名前を見ると、全て男性名ばかりで、女性はいないのかなと思ってしまった。 この山笠での作品作りも、ある意味人形師の腕の見せどころ・・・・・

だから毎年いろんな力作が、登場してくれるんですね。(^_^ゞ

 

今回残念ながら見ること叶わなかった山笠もありましたが、一度に

沢山の山笠を見れる場所としては、川端地区がおすすめです。

櫛田神社から商店街を抜けて、リバレイン前まで・・・・・

 

私の歩いた道沿いは、天神の中心地から歩いても、15分~20分ほどで行けるところです。 

 

詳しくは、櫛田神社内にて500円で 博多祇園山笠2018 を買い求めるか・・・・ 博多祇園山笠公式HP を見てみるのもいいでしょう。

私が今回参考にさせて頂いたのは、観光案内所などで無料で頂けた

博多祇園山笠 平成三十年 七月一日(日)~十五日(日) 

博多の祭りガイドシリーズ 無料配布 からでした。

 

戦時中は、福岡空襲後昭和20年から30年までは、どうやら祭りも中止となっていたようです。

明治5年にも、福岡県の命令で中止になった過去が・・・・。 戦後復活させてからは、いろいろな取り組みとイベントなどへの参加をきっかけに、日本だけでなく世界でも知られるようになり、・・・・・

平成28年12月 博多祇園山笠行事が、ユネスコ無形文化遺産として登録される事となりました。

 

櫛田入りと呼ばれる櫛田神社でのスタート。

清道を回り出て行くまでの112メートル・・・この間30数秒。

この瞬間が、山笠男 (やまおとこ) の美学なんだそうです。(#^.^#)