なかなか入院までたどり着かなくて![]()
いつになったら、一通りの話し終わるのか心配になってきました。![]()
でも、それだけ蜜が濃かったまめたの人生だったんですよね。
とぼとぼペースですが、少しずつ書いていきます!
もう少しで入院します!
17時半頃、はとおから電話で連絡がありました。![]()
状況と血液疾患の可能性が高いことを説明すると、
はとおが「そうじゃないかと、薄々思ってたんだよなぁ〜、、」
となんとも言えない声で話していました。
夫婦思っていたこと同じです。
明日の入院のため、1日休みを取ってくれました。
ただ、事の重大さをあまり感じていなかったのか
「1週間ぐらいで退院できたらなと話してました。
その少しあとに、実母からも電話がきました![]()
私は「異型のT細胞が出たって言われた」とだけ話すと、
母は低い声で「…わかった」とだけ言いました。
…私はこれだけで、母は状況理解したんだなと思いました。
母は看護師で、若いときに小児科経験があり、育児や子どもの病気に対してよく相談をしていました。いつもはおしゃべりな母です。
しかし、これしか言わなかった母の返答を聞き、より今後のヤバさを感じていました。
母は、まめきちをみる人が必要だからと、明日の朝1
に来てくれることになりました。
大変ありがたいです。
入院の手続きや荷物の搬送も、はとおと2人でできるし、先生の説明を夫婦揃って聞くことができます。
明日の手はずが整ったことと、はとおが仕事から帰ってきて色々話したことで、その後、私の心はだいぶ落ち着きました![]()
たしか、このときに、入院中、まめきちは旦那の職場の付属の保育園に入れようと話してました。
安心したからか、このときから大学病院につくまで、あんまり記憶が今はないです。
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大学病院の入院が早まったこと、
まめきちと会えなくなることを聞いたこと、
そして、それを聞き一人で耐えてたこのときが、
たった数時間の出来事だったんですが、かなり辛かったです。