日々にブログを拝見させていただいていますが、お子さんを事故で亡くされた思い、ファンであった方への思い、この世を旅立たれた方への思い(人間だけでなく)……ブログを投稿してくださる方々とはお会いしたことがなくても、その思いが、痛いほどに伝わってきます。
今、この世に生きるものは、こうして、愛おしいものたちを今日という未来に生かし続け、共に生きてゆくことができるのだと励まされる思いがします。
3月は、夫による暴力で、お子さんと共に無理心中をした女性の命日の月です。
偶然にも、わたしの祖父の亡くなった日と同じです。
わたしはお亡くなりになる前年に、このかぞくと会っているので、長らく、なぜ亡くならなければならないのか、わたしにできたことがあるのではないかと、苦しんできました。
当時、5歳であった男の子は、4月に幼稚園にゆくのを楽しみにしていました。亡くなった後も、真新しいズック袋に入ったズックが残されていました。
その後、DV被害者支援のコンサートを開いた時に、男の子のオルガンで、歌手の方に弾き語りをしていただきました。
なぜ、お子さんを道連れにしたのだろうという思いがありました。いろいろ事実を話してくださる方々にお会いして分かったのは、その女性のお母様も自殺に追いやられた方で(夫によるDVで)、残された女性ときょうだいは、後妻に虐待されて育ったということでした。
女性と子らを自殺に追い込んだ加害者の男性は、刑事罰を受けることはありませんでした。
ただ、人間の多くは、どんなになかったことにしようとしても、自分の加害から逃れられぬものです。
女性と子らが入水した海岸にこの男性は、どんなことがあっても近づくことができないのでした。
この世を旅立つ祖父について思い出すことは、吹雪であったのに、お棺に釘を打つという前に吹雪が止み、祖父の顔に、陽光がさしたということです。救われる思いがしました。
毎年訪れる、このごかぞくと祖父の命日に、いのちという尊厳を思います。
5歳の男の子がずっと、わたしのそばにいてくれて、一緒にお風呂に入ったり、宮沢賢治の本を読んだり、帰りの電車の見送りに、しっかりと手をつないでくれて、いつまでも手を振ってくれた姿が、毎年、よみがえります。