3月16日に沖縄県辺野古で起きた死傷事故は、わたしには、ことばにできない哀しみがある。


お亡くなりになったお二人の無念と、ケガをなされた方々の苦しみに対し、何とことばにすればいいのか、とてもつらい。


そもそも、なぜ、世界的にも生物多様性に富む「ホットスポット」である辺野古の海が、米軍基地建設により滅ぼされなければならないのか。


同時に、ユネスコの世界自然遺産にも登録された、沖縄やんばるの原生林では、米軍が廃棄した危険な軍事関連廃棄物が、そのままにされている。


国内外の多くの人たちを犠牲にした日本が、敗戦した。そして、日本各地に米軍基地ができた。それと同時に、強姦事件が多発するようになる。日本政府は、米軍兵士のために「慰安所」を作った。


日本は戦時、植民地にした国ぐにの女たちを「慰安婦」にし、男たちを「強制労働」のために日本国内に連行した。


日本政府は敗戦後も同様の犠牲を、今度は日本女性に強いたのだ。


その後、各地で米軍基地反対運動が起き、多くの米軍基地が、小さな諸島である沖縄に押し付けられた。


現在に至るまで、沖縄の方々は米軍基地があるために性暴力の被害を受けたり、安全に暮らすための自然環境を数々の汚染により、損なわれている。


誰がこうした危険を、沖縄の方々に押し付けているのか。それは、この国と、この国の加害に加担してきた、わたしやあなただ。


日本列島は、原生林の生む湧水、大気、腐葉土が、ありとある生きものを育み、多種多様ないのちの楽園となった島だ。


こうしたいのちのつながりに感謝し、豊かな自然環境を先人たちのように大切にして暮らしていたなら、今回のような事故は起こらなかった。


世界的に貴重なホットスポットを埋め立てることは、海のものたちが生き埋めになり殺されることだ。


それを許してはならないと、わたしの友人たちは、カヌーに乗って、非暴力の阻止行動を毎日のように重ねてきた。


この人たちの安全を見守るのが、今回事故が起きてしまった小型船だ。お亡くなりになった船長さんは、うまいコーヒーをたてて船に乗り、お連れ合いの方は手作りのケーキを焼いて持参した。このねぎらいは、カヌーに乗る人たちだけでなく、海保や作業員の人たちにも、声をかけてすすめられた。


辺野古の海のいのちを守るためのこれらの小型船には、さまざまな見学の人たちが乗り込んで、海の豊かさ、生きものの豊かさを学んできた。


今回、事故にあってしまった高校は、長く平和学習のために、この小型船に生徒さんたちが乗って、学んできた高校だ。


辺野古の海を、自分のいのちと同様に大切にしてきた人たちと、それを学びに来た多くの人たち。その共通の願いは、自分たちがつながる豊かないのちを守ること。


日本国憲法は、日本がかつて軍事国家となり、取り返しのつかない戦争を引き起こした反省から、敗戦後、平和国家への努力を、全国民に課した。


わたしたちには、平和を守る責務があるのだ。


今回の事故は、日本が平和国家であるならば起こらなかった事故だ。


お亡くなりになったお二人のご冥福をお祈りするために、わたしたち一人ひとりが、沖縄に押し付けられた米軍基地をどうするのかが、問われている。