魔女狩りに加担するつもりは一切ないが、
家族や周囲の人の苦労、実態を知らずにいつも綺麗事を言っているのだと思われたら心外なので、一度言って置こうと思う。
「お前は俺と違っていつも遊んでるだけだろ」
と何度となく母親に言い続けたのは父だった。
「家族の為に働いてやってる俺は偉いんだ。だから敬え。誰に喰わして貰ってると思ってんだ」が口癖。
その割に…給料全額は渡してなかったみたいだけども。「その額で偉そうに…」と言いたくなるような金額しか、家に入れてなかったのだが。
父は毎日母の作った食事には必ずケチをつけた。
外食に行けばかならず、「これ、不味いね」と言う。それやられると家族のテンションは毎回下がった。
100%の確率で不味いって言うのは出来れば辞めて欲しかった。
父と会話をするときは常に異文化交流。
気をつけないと、訳の分からないタイミングで激昂し、大声を出して威嚇し、目についたもの、手に届く範囲にあるものを投げて壊すので、常に怯えながら会話をしていた。
しかし怯えているのを態度に出すとまた不機嫌になるので、父の機嫌を取るのは大変難易度が高かった。
本人は、苛立った時に人を殴らない代わりにモノを壊すことで我慢をしていたのだと、今は思う。
家のドアや扉は年中、修理中。
学校で作った工作や、思い出の品、壊されたモノは数知れず。
それを指摘するとまたヒステリックになるので、私たち家族は常に萎縮していた。
家族からしたら頭がおかしいとしか思えない言動の数々だったが、
でも家の外になると、赤の他人の前では「虫も殺さない、ものすごく優しい人」と言われていた。
その外面の良さにまた腹が立ったものだ。
こんな人が家庭を持ち父親になったことによって娘である自分は多大な迷惑を被ったと感じている。
数えきれない心の闇を抱えることになった自分からしてみると、
世の中の「変わり者」をなんでも発達障害だとか精神障害とかで片付けたい人たちがいることが。
ハッキリ言って、正直分からないでもないのだ。
片っ端から診断して手帳持たせて薬飲ませて管理して隔離してハンディを負わせて、
普通の人生を歩ませることを阻止したい人たちがいることが。
うん、まあ、一理あるわ。
と思う自分も存在する。
昔でいえば只の変わり者。
今でいえば精神障害。
そういった人たちの就職、結婚、家庭を持たせることのハードルを上げるシステムが世にあることは、
もしかしたらある意味正義じゃないかと思える程度には、私は被害者友の会の人間だ。
父に似てるところがある人に会うと、アレルギー反応が出る。
以前の職場でも、「存在が公害」の人に出会った。
性格が幼い、
価値観がくだらない、
実力よりプライドばかり先行、
自分がいかに頑張ってるかアピールしてるが他人の方が余程頑張って結果を出している、
人格に奥行きがない、
雑談が致命的に下手、
人を貶したり、過度な自虐の笑えない冗談を言う。
常に尊重、尊敬、一目を置かれていないと言動から悪臭を放つ。
煮ても焼いても食えないところは父にそっくりだった。
(まあ、仕事は父の方が余程出来たけれど?)
ただ、障害というレッテルを貼った途端に何があっても必ずその人が悪くなるというアンフェアには納得が行かないし、おかしいと思う。
相手に障害者のレッテルを貼って、自分を顧みない人で、なんでもかんでも相手が悪いと思う人がいる。
(親が子どもによくやってるの見るよ。虫唾走るわ…)
一度レッテルを貼られた人を、障害者だから、人として扱わなくていい、人非人扱いをしていい、あの人は頭がおかしいから本人の言い分を全く取り合わなくていい、という理屈?
(医療従事者にもかなりいるわ…)
逆に障害者の名札を貰ったら、
無条件に出会う相手から優しさや配慮を無限に貪れる立場になると誤解してる本人、家族もいる。
(疾病利得マフィア…)
障害者と診断された人をどこまでも優しく接して何でもかんでも配慮してやらなくてはならないという、我慢大会にも納得がいかない。
あまりにも不健全じゃないか?
と思うのだ。
精神科では、数々の副作用が出る薬をよく説明も受けずに処方される。
一度精神科の患者になると、他科の医療機関から差別を受けて、医療の連携が出来ずに適正な医療が受けられなくなることがある。
精神疾患の患者の平均寿命の短さ(一般人口より15-20年短い)は、精神薬の副作用のほかに、医療側の精神科差別があるからだろう。
偏見を無くそう!
とか言っても
酷い!と嘆いても
偏見とかそんなレベルじゃなくて、すっかり根付いてしまっていることだから、是正するのは難しいだろうと思う。
終わってるんですよ、精神医療は。
もともと医療でも何でもないの。
ただの収容システムだから。
まだ心身の発達も人格形成も途中である子どもに対して早々と烙印を押して、
子どもに覚醒剤をバンバン飲ませる、WHOもビックリな日本の非人道的精神医療は、終わってるなと思うんです。
いや、違うな。
これを受け入れてしまっている日本全体が末期。終わってるのは日本全体なんだろう。
国がやるべきことは、
子どもに対する発達障害診断じゃない。
診断=投薬である限りは。
それより先に、個性、凸凹が有ろうがなかろうが分け隔てなく行うインクルーシブな、手厚い子育て支援、特に親への支援、教育だろうに。
定型と特性持ちを、竹のようにスパッと分けられる訳は無いんだし、まず分けて教育を受けさせることは世界基準ではない。
隔離して民間に有料でやらせてる場合でもねーだろ。
うちの父に対してですら私は、
父がもし違う両親の元に生まれ、違う育てられ方をしていたら、また違っていたと思うのだ。
客観的に見て、あの祖父母らの息子として生まれた割には、父はかなり上出来だったんじゃないかと思う。
そのぐらい、子ども時代って大事で。
大事なのに、子育てって、どうしても死角が出来やすくて。
だから、本来は、国が力を入れなきゃいけないと思う。
レッテルを貼り差別して隔離して特別扱いしてる場合じゃなくて、みんな等しく人の子なんだぞっと。
発達障害診断してる場合じゃなくね?
薬や診断が必要なら大人になってからにしろって話。
脳が損傷しますよ。
それよりも、子どものうちは、能力(脳力)を出来る限り伸ばすことが大事。
薬は脳を破壊しますから。
子どもの頃から一方的に本人だけのせいにして、劣等感抱かせて薬漬けにして人生の可能性を奪うって…大人の仕事なのかね?
仕事じゃないよ。
教育でもないよ。
子育てでもないよ。
…それ、罪業だよ。
来世、虫だろうね。
子どもに精神薬を飲ませることの異常さ、怖さをキチンと知ることから逃げてる人が、プロアマ問わずあまりにも多いせいで、
(医師、看護師、保健師、教師、その他支援者、そして何より家族、親)
日本の発達支援が、ただの魔女狩りになっている。
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