きっと、

いつも、


自分でも気がつかないくらい


静かに

静かに





わたしは、

わたしの居る場所の
わたしよりも声が大きい(と感じる)人に

自分の声を潜める



のだと思った。







今だと、


職場なら、

責任者の人に。






まぁ実際、

その方の自分の主張の声は大きい。


何か弱いところをさらけ出されそうになれば、
吠えて守る。





周りの小さな声は、
聞こうとしない。


それがここ1年で、
耳を少しは傾けてくれてはいたけれど、、、。








ひっそり
ひっそり



いつも

その人の顔色を伺っていたのだと思う。




その人が、
声を荒げないように。








きっとそれが、


じわじわ
じわじわと



日常にも


ブログにも

反映していった。









わたしは、
何のためにブログを書きたかったか?





人の反応を見るためじゃない、


人の顔色を伺うためじゃない、






小さく


繊細で微細な
わたしの心の動きを


心の声を



掻き消さないためだ。







わたしが、
わたしの命を

生かすためだ。






ここに書く言葉は、

心は、

声は、



わたしの心のひだに寄り添うように

迎えに行って
言葉にした
珠玉の宝達。







キレイな言葉だから書くんじゃない、

キラキラしたものだから書くんじゃない、



弱くても

ずるくても

醜くても






わたしの中にあるものだから


わたしが感じたことだから


わたしの内なる声だから


わたしの心の叫びだから




書くんだ。






それが、

わたしの書く真髄であり



わたしが紡ぐ言葉の命だ。









いつかの日、
募集したセッション。







わたしがわたしの声を
今聴く時。









もう一度、
わたしのために。




声を聞く。


表現する。