6月6日に上映すると知ってから
観てみたかった『国宝』
観てきました。
これまでは、
やりたーい!
行きたーい!
→即、やる!
→即、行く!
きゅぴーん

なノリで行動することが多かったわたしですが、
(それで行動することもあるけれど)
今現在、
映画代2000円の時代。
で、行くならわたし
キャラメルポップコーンは絶対に食べたい。
映画も
子ども達とじゃなくて
1人で観るなら
本当に映画館でわたしが観たい!と思うものを。
6月6日、休みで
上映初日に行こうか迷いつつも
その日は咳が出始めたら酷いこともあり
いったん、保留に。
今日まで、
他の休みの日もありつつ
寝るのを優先した日もあり
今日はようやく
映画館へ。
6月6日が1週目
6月13日から2週目
ということもあり
1週目よりは
だいぶスクリーンと客席が小さ目になっていて
あぁ、そこは残念だった、、
と感じつつ
1番後ろの客席に座りながら
どんどんお客様が入ってくる様子を見てた。
そしたら、
全席埋まっていって、びっくり!!
だって、
めっちゃ珍しい光景だと思った。
全席埋まるとか、
ひっっさしぶりに見た。
それでも、
上映中は
みんな
しーーーーーん。と集中して見てて
やっぱり、
あの咳き込む時期に行かなくて、よかった。と思った。
とても
一言というか
言葉では語り尽くせないというか。
心がふるえて
涙が自然とこぼれる場面が
何度もあった。
任侠の一門に生まれた吉沢亮演じる喜久雄が
父を亡くし
母を亡くし
歌舞伎の世界で生きていくことになるのだけれど
明けても暮れても
毎日
まいにち
芸の練習をする姿
なんか、
その姿に涙が出てきてね
血は
歌舞伎の血を受け継いでいなくとも
来る日も来る日も
芸事に励み
骨の髄まで
頭のてっぺんから指の先まで
自分自身に刻んでゆく
そこからの姿
言葉にはなりきらないものに
それでも、
血の渇望に
放たれるものに
何度も涙が出た。
吉沢亮も
横浜流星も
すごい役者さんだと思った。
そこに宿る魂に
何度も心が震えた。
そして、
とっても美しかった。
狂気じみるまでに
鬼気迫るほどに
息を飲むほどに
目を逸らせないほどに
舞台に
命を
魂をかける
その姿も
ビジュアルも
人生のを生きる年月の中での
喜びも
脆さも
強さも
弱さも
それぞれの人物の立場から
感じるものも
とても
美しいと思った。
醜さも併せ持つものが
美しいと思った。
向き合い
注ぎ
磨かれて放たれたものは
言葉以上に感じ
言葉とはまた別の形で受け取るものが
たくさんありました。
表現する。
世に放つ。って
すごいエネルギーで
見る側は
たくさん受け取り感じるものがある。
表現してくれて
出してくれて
形にしてくれて
本当にありがとうございます。
わたしも
わたしの場所で
磨き、表現していきたい。と
そんな熱をまた
もらいました。
まだ、余韻の中。




