今日、
お父さんの方のおばあちゃんのお通夜でした。
今年100歳?と思っていたら、
今年の12月で99歳を迎える予定だったおばあちゃん。
お通夜の場で、
手を合わせながら
空間が時を繋ぎ
わたしが子どもの頃
おばあちゃんの家に行く度に、
おばあちゃんの手作りの梅干しを持たせてくれたこと
それを、思い出していた。
梅干しが大好きなわたし。
だけど、
いつからかな。
成長する中で
もう、おばあちゃんの梅干しはいらない
そう思ったこと
そして、
いつまでもいつまでも
わたしが変わらずおばあちゃんの梅干しが好きだと思って
いつまでも、
行くたびに
「由香ちゃん、梅干しあるよ
好きでしょ
持って帰りなさい」
と言われて
そのうち、
断るようになったことを
思い出したら
何だか、やっと涙が溢れ出した。
おばあちゃんは、
男4人
女1人
の5人の子どもを生み育て
いつも元気いっぱいに
動き回っていた。
わたし達孫のことも、
いつも可愛がってくれた。
1番末っ子の男の子
わたしにとってはその叔父さんが
子どもの頃、歳が近くてお兄ちゃんのような存在で
「〇〇にいちゃん」といつも呼んで、
〇〇にいちゃんも、いつもわたしを可愛がってくれていた。
みんな、お父さんやおじさん達やおばさんは、
「かあちゃん、かあちゃん」と
おばあちゃんを呼んでいた。
お通夜で、
おじちゃん、おばあちゃんが涙を何度も拭く姿に
胸が詰まった。
お通夜の集まりの後も、
〇〇にいちゃんだけは、
おばあちゃんの棺の側にずっといた。
末っ子で、
1番、お母さんっ子だったのかもしれない。
帰り際、声をかけた
「みんな、ご飯食べたけど
わたしもいただいたけど、
食べてないんじゃない?」
「いいよいいよ」
と、
話すとまた涙ぐんだ。
「おばあちゃん、痩せたね。
最期まで頑張ったね。
おばあちゃん、キレイで安らかな顔してる」
そうおじちゃんに話すと
「いつも愛情いっぱいに育ててくれた
それを思い出しながら」
そう言って、
また言葉を詰まらせた。
「おばあちゃん、いつも、梅干しくれたなぁ。って、思い出してた」
喋りながら、
おばあちゃんの思い出話に花が咲き
お互い、歳を重ねても
おじちゃんってより
にいちゃんって感覚が蘇った。
わたしの父が
わたしをめちゃめちゃ可愛がって育ててくれたこと
そして、
父にとって孫である
わたしの子ども達を
今めちゃめちゃ可愛がってくれること
お通夜での
おじちゃん達やおばちゃんから伝わってくるものに
おばあちゃんから受け継いだものだ。と
今日、改めて感じた。
おばあちゃん。
命を繋いでくれて、ありがとう。
明日が肉体を持った最期のお別れ。
最近、仕事ばかりだったわたしにとって、
この空間や
時。というもの
しっかりと悲しむこと
泣くこと
ありがとうを言葉にして伝えること
それも必要だったのだと思う。